花塵
−6−
「変わりませんね、忍人は」
兄弟子たちはそんな顔で俺を見る。
そんなに変わっていないのだろうか。
背は伸びた。けれど、兄弟子を追い越すまでには至らなかった。
将軍に昇格した。けれど一人前として扱ってくれた試しはない気がする。
いつまでも小さなままの弟弟子の扱いは少々面白くはない。
実戦経験は負けてはいないが……人生の経験のようなものが圧倒的に足りていない気がした。
胡散臭いだけの柊とはともかく、風早はどこか達観しすぎていて良くわからない。
道臣は相変わらす穏やかで、平和を願う気持ちは変わらない。
二の姫は皆の助けもあり、大将軍という重責にも耐えているようだった。
自分だったら耐えられるだろうか。そんなことを思う。
きっと耐えられないだろう。
それは俺が全て自分で背負い込もうとするからだと柊はからかう。
きっとそうなのだろう。
柊を、風早を、道臣を信じたい。そう思う気持ちはある。
信じたいけれど胸の痛みが疼くのだ。
あの日裏切られた、と一度思ってしまった。もう、信じることは難しい。
二の姫のように無垢に人を信じることなど俺は出来ない。
自分に傷をつけた、その人を受け入れるなど。
「意外と忍人は小心なんですよね」
風早も柊も笑う。
自分が護ってきた軍と言う自負も矜持もあった。
五年もの歳月を共に耐えた同志を、めちゃくちゃにされたらかなわない。
それは単に良い訳だとわかっていた。ただまた裏切られるのが怖いだけなのだと。
兄弟子たちを好きだった。好きだったと思う。
好きな人間からの裏切りが一番痛い。だから人を好きにならないと、
必要以上に誰かに思い入れないと決めていた。
それが一番の臆病者のすることだとはわかってはいたけれど。
もう、二度とあんな思いをするのはごめんだった。
「あいつら胡散臭いんですよ!」
尻尾を立てて足往が警戒する。
純粋で真っ直ぐな足往はからかわれやすい。格好の的となっていた。
かつて兄弟子にからかわれた自分の姿を見るようで落ち着かない気持ちになる。
足往のように素直に嫌悪感を顕わにはできない。
その程度には大人になった。
中つ国の再建にはたくさんの人手がいる。
清濁併せ呑むつもりで挑まなければ国など再建出来ようもない。
けれど、それはあくまで政治の話だ。
命を預ける軍に、信頼できないものが紛れ込む。
それは生理的な嫌悪感を伴うものだった。
自分は純粋な二振りの剣でありたい。
……国を取り返すような大きな戦の流れの中でそれを望むのは無駄だということはわかっていた。
俺は二の姫を信じられるのだろうか。
誰にでも心を許し、受け入れようと懸命な二の姫の重荷にだけはなりたくないと思う。
自分は二の姫を裏切るようなまねはしたくないと思う。
剣を預けるに値する主なのだろうか。
預けてしまったら彼女はそれをどう受け止めるのだろうか。
自分の剣を預ける相手は二の姫しかいない。頭ではそうわかっている。
けれどまだ迷っていた。
剣を預けることは命を委ねることだ。
預かる命が増えれば、彼女の責はまた重くなる。
彼女の元でこそ生きる道がある。わかっていたけれど、俺は恐れていたのか。
彼女もまた自分を裏切ると。
……あの人の良すぎる笑顔を浮かべた少女が自分を裏切る様など想像したくない。
けれど自分の魂の傷跡は思っていたよりもずっと深いようだった。
「忍人さん」
二の姫は誰にも隔てなく笑顔を与えてくれる。
それを素直に受け止めることの出来ない自分の小ささに苦笑いする。
彼女の笑顔が痛かった。
真正面から受け止められない自分が情けない、そう思っていた。