花塵




  −14−


 案の定千尋は破魂刀のことを口にした。
 那岐に破魂刀について聞いたという。
 那岐が語ったことはすべてではないけれど概ねあっているようだった。
 結局この刀は振るう人間の人の願いと命を糧として力を発揮する生きた刀なのだ。
 禍々しいほどの力に満ちた二振りの金色の刃。
 しっくりと手に馴染み、手放すことなど考えられはしなかった。
 腰に下げたその重みが、手に馴染んだその重さがなければもう俺は落ち着くことができない。
 それを君にわかってもらえるとは思ってはいない。
 君に案じてもらっていることは正直嬉しい。
 必要だと、傍にいて欲しいと言われるなら傍にいたい。
 けれど俺はただ傍にいて欲しいといわれて、傍にいるだけで価値があるような男ではない。
 語る言葉も、優しい微笑みも、穏やかな心も、何かを愛でる心も、風情を解する心もない。
 美しいものを美しいとただ見つめることすら出来ない俺に君は何を求める?
 俺に出来る事は君に降りかかる火の粉を払いのけることだけだ。
 身体を呈して護るほどの背の高さも、体格もない。
 それは全て破魂刀に捧げた代償。
 風早や柊の背を追い抜くことも、並ぶことも俺には出来なかった。
 狗奴のような屈強な身体も、日向のものが持つ自由な翼も俺には無い。
 穏やかに生きていけるほどの寿命すら俺は持たない。
 寄り添って生きることなどできはしないし、どうすればそんな生き方ができるのかわからない。
 それはもしかしたら平和な世界の生き方を知る君が俺に教え、導いてくれることなのかもしれない。
 ……けれど。
 そんな時間は残されてはいなさそうだった。
 俺には終わりが見えている。
 このくだらない俺の人生も君に出会えたことで生きた。
 泥水を啜り、木の根を齧り血まみれになって生き延びた俺だからこそ、
 君を護りきることが出来るのだと今は、信じたい。
 今自分に出来る事は破魂刀で君の茨の道を拓くこと、ただそれだけだった。
 冷静に自分の命の種火の燃え滓を見つめる。
 きっと来年の夏は俺にはないだろう。
 せめて春までもてば。
 それまでに君を玉座へ押し上げる。
 君の作る平和で穏やかな国を目指して。
 俺には平和な日々も穏やかな日常も想像など出来ないけれど、
 君になら、きっと出来るだろう。
 俺の命を捧げるに値する王である君になら。
 いつから君は俺の胸の裡でこんなに大きな存在になったのだろう。
 橿原の都が赤く染まったあの日に失った希望。
 君は俺の希望そのままだった。
 大きな期待も、願望も君に重荷を背負わせるだけだとわかっていた。
 支えになりたいという希望ですら君の負担になりえた。
 けれど、一度失った希望を取り戻したときの喜びは君にはわからないだろう。

「俺は君の為に生きてみたい」

 そう口にした時の君の喜びと驚きに満ちた顔はきっと忘れない。
 けれどそれは俺の残りの命を君に捧げる。ただ、それだけの決意。
 そう言い切った俺に君は戦いをやめさせようとする気持ちがそがれたようだった。

「……これから先、何があっても破魂刀を使わないと約束してくれませんか」
「わかった」

 真摯な眼差しで見つめる君に応えたくて、嘘をついた。
 君と約束をしたけれど俺はこの約束は守れない。
 君は既に俺の唯一の王なのだ。
 中つ国の再興がまだならなくても、女王の晴れやかな衣装がなくても。
 この満天の星空の下、君は俺のただの一人の主として戴冠をした。
 心から命を捧げるにたる王を戴くことの幸せは君には理解できないものかもしれないが。


背景素材:深夜恒星講義

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