花塵
−17−
持てる全ての力で戦うことこそ武人の誉れ。
だからこそ炎雷ナーサティアの言葉は胸に刺さった。
「何故、破魂刀を使わなかったのか」
本来ならば、全力で倒したい相手だった。
けれど千尋の前では破魂刀は使えない。
舐められたものだ、と自嘲気味に笑うナーサティアに心の中で詫びる。
貴方も真の武人であったと。
国を護り、誇りにかけて戦った炎雷への餞は、破魂刀による渾身の一撃であるべきだった。
勿論もてる全ての技をもって対峙した。
けれど破魂刀の力は解放できなかった。
今の俺は千尋の剣だ。千尋の封じた破魂刀を使うことは出来ない。
もし自分が炎雷の立場なら、同じ言葉を口にするだろう。
炎雷が自分の存在を知っていたことは驚きだった。
けれどあえて破魂刀の名を口にしたのは、それで葬って欲しいという彼の願い。
自分に負けが見えていて、最後の誇りの為に戦うのなら。
最高の力で自分を圧倒し、見事に倒して欲しいと願うだろう。
千尋には……理解できないかもしれないが。
自分はどうやって地に臥すのだろう。
どこで力尽きるのだろう。
刃で倒されるのか、それとも命の種火が燃え尽きるのだろうか。
最後まで戦って死にたいと願うのは俺の我が侭だ。
戦って死にたいと願うのに、君と桜を見てみたい、
女王の装束をまとった君を見てみたいと思う気持ちは相反する。
けれどどちらも本当の気持ちだった。偽りはない。
ナーサティアは物問いたげな顔で俺を見つめた後、目を伏せた。
死の覚悟が出来たのだろう。
半歩踏み出したとき、ナーサティアの前に土蜘蛛が現れた。
ナーサティアを庇うように立つ。
「龍神の神子、葛城将軍。それ以上炎雷様に近づくことはさせません。
わたしの一命を賭して」
その声は。
苦い思い出と重なる。
あの、橿原が燃えた夜の記憶と、そして玄武の加護を得たあの日、
再会した土蜘蛛……エイカ。
動くことはかなわなかったけれど炎雷は出すぎた真似をと憤った。
けれどエイカは一歩もその場を動こうとはしない。
うつろわぬ民、土蜘蛛。
土蜘蛛が忠義で動くなど、思っていなかった。
あの夜の記憶が蘇る。
あの夜エイカがとった行動は中つ国を揺るがす裏切りだった。
しかし、それは常世の為だったとしたら。
裏切りは許しがたい。
けれどエイカにとっての中つ国は敵国であったとすれば。
敵国への潜入はエイカにとっては命がけの行動だったのだ。
何を考えているのかわからない土蜘蛛の行動こそが、
俺にとって嫌悪感を覚えるものだったと気付く。
自分の命を顧みず、主と定めたものを護ろうとするエイカ。
千尋のために土蜘蛛の衣を脱ぎ、行動を共にする遠夜。
不思議と許してやりたい気持ちになった。
自分の意思で護りたいものを護ろうとするものを、今の俺には憎みきれはしなかった。
千尋が、アシュヴィンが見逃そうとしなければ、俺自身が彼らを見逃していたかもしれなかった。