花塵
−16−
久々に橿原宮を眺める。
焼けたはずの宮は修復され、記憶に残る姿のままだった。
……守りを固めるのが常世の軍勢であることを除いては。
修復を命じたのは常世の者なのだろう。
けれど、修復にあたった匠たちはかつての宮に思いを馳せて作業をしたのかもしれない。
もしくは真の主たる、千尋の帰還を祈りながら。
寸分たがわぬその姿に、かつての賑わいを思い出す。
かつて夜陰の中赤く燃えた橿原宮。
今は燃えるように色づいた紅葉の山々に囲まれている。
自分が護っていたからこそ、橿原宮を囲う、玉垣のどこがもろいか知っている。
そしてどれほど攻めにくいかも。
破魂刀を封じると君に約束した。だから君の前で破魂刀の力は振るえない。
一点だけを攻めても橿原宮は落ちない。
西門と東門を同時に攻め、常世の軍の動揺を狙わなければ。
橿原の宮を落とすことで頭がいっぱいだった俺に、凛と君の声が響く。
君は橿原宮を落とすのは途中だと言った。
常世の軍を追い払うだけでは平和にはならないと。
常世を覆う闇。禍日神を倒してこそ真の平和が訪れるのだと。
千尋は兵を鼓舞する。ここで死ぬことは許さないと。
君はやはり俺とは器が違う。
俺は橿原宮を取り戻すまでしか考えていなかった。
君は既に王なのだな。民には見えない地平の果てまで君には見えているのだろうか。
我が王よ、貴方の理想の世の為に力を尽くしたい。
俺には千尋の見ている世界は見えないが、俺は今この戦に全力を尽くそう。
君だけが知る未来の為に。
西門と東門を攻略する軍に隊を二つに分ける。
君が率いない軍を束ねよう。
もし、正攻法が通じないのなら……破魂刀の力を使わなければならないだろうから。
全幅の信頼をこめた君の眼差しにすまないと侘びる。
また、必ず会おうと口にしたのは君に対する罪悪感だろうか。
俺らしくもない。
自嘲しながら君の傍を離れる。
もう一度必ず君に会う。
そしてこの宮を君の為に取り戻す。
信頼する狗奴たちと共に門を回り込み、銅鑼の音を待った。
銅鑼の音が鳴り響けば、腹の底から号令の声をかけた。
「突撃!我等が宮を奪還せよ!」
兵が青い布を腕に巻くのは二ノ姫への忠誠の証。
久しく見なかったその習慣を再び目にする。
二ノ姫のいない場所で戦うからこそ皆の団結と忠誠が必要なのだ。
青い布はその証。
俺の号令では、力が出し切れないかもしれないが。すまない。
「橿原奪還は我等が悲願だ。恐れず進め!」
そして二ノ姫と皆で再会しよう。
そのためなら破魂刀を振るい、命を削ってもかまわない。
今お前達を率いる将は俺、軍を預かるのは俺だ。
お前達がひとりでも多く故郷へ帰れるように。俺は戦おう。
反対側の門の向こうから鬨の声が聞こえる。
やはりあちらのほうが士気は上か。
でも指揮で君に負けたりはすまい。
「二ノ姫はこの戦で終わりではないと言った。
必ず、生きて二ノ姫の元へ再び参じるのだ!!」
「姫様のもとに!」
「姫様のもとに!」
大きな歓声が上がり、門を打ち破れば、鉄の鎧に身を固めた屈強な兵が押し寄せてきた。
製鉄の技術は悔しいけれどあちらのほうが上だ。
武具の差は歴然だった。けれど戦いようは無いわけではない。
勢いに乗り、打ち破る。
そのためには、まず打ち破れるということを信じられなければ無理だ。
……しばらく使わなかったせいか破魂刀の声は遠い。
それは俺の命の火の勢いが弱いせいなのか。
気力を振り絞り、吼えれば破魂刀は呼応した。
力を少しだけ、解放する。
それでも鉄鎧兵を吹き飛ばすには充分だった。
閃光とともに数人の鉄鎧兵が吹き飛び、歓声が上がった。
金色の双剣を見た敵は怯んだ。
怯んだ敵を睨み名乗りを上げる。
「中つ国、二ノ姫の配下、葛城忍人!
……破魂刀の刃の露と消えたいものは前へ出ろ」
その名前に動揺でもして隙を見せてくれればいい。
破魂刀の力はもう、示した。
あとは敵が少しでも崩れてくれさえすればこちらのものだ。
一対一の差は歴然でも多対一に持ち込めさえすれば勝機はある。
鉄製の鎧は当然のごとく重いが、地に倒しさえすればその衝撃で動けなくなる。
その隙に動きを封じれば勝てない敵ではない。
「必ず数人で組め、ひとりになるな!数人でかかれ!!
押し倒せ!倒れたところで止めを刺せ!逃げるものは放置してかまわん、
突破しろ!!」
おおおおお!!
呼応するように兵たちの声が上がる。
数人組み手の訓練は徹底的にやってきた。その成果が見事にあらわれている。
見事に戦う兵を見て、こみあげてくる何かを振り切り、宮の中央、王の宮へ走った。
潰走していく常世の兵とすれ違う。
二ノ姫たちは先行しているのか。あちらが精鋭だ。それも当然だろう。
……指揮すら、もう君にかなわないのか。君は立派な将となったな。
もう、俺以上だ。
これで純粋に君の剣となれる。
この命ある限り、君を守り抜こう。君を傷つけようとする全てから。