花塵
−18−
黄泉平良坂。
橿原宮の裏から通じるその道はかつては岩で封印されていた。
常世の国と、そして死者の国黄泉へと通じるとされていた道。
見覚えのあるその道は、かつて自分が迷い込み、破魂刀と出逢った場所だった。
これほど橿原宮から近かったとは。
敵を倒しながら無我夢中で駆けて迷い込んだのだろうか。
あの日聴いた子守唄が耳を掠め、星の河が瞼の裏に蘇った。
忘れていたあの日の俺の叫びが心の中に蘇る。
復讐を。自分の信じた何かを成して真実を取り戻せ。
自分が正しかったのだと。
自分の望む未来へ、命をかけて全力で駆けろ、出し惜しみなどせず燃やし尽くせ。
あまりの強い感情の波に押し流されそうになり耐える。
あの日出逢った女の声が耳の中を不協和音のようにうねって響いた。
『あなたはまだ本当には死んでいないのです。
体に負った傷よりも、魂に深い傷を負いました。
心は砕け、あなたはあなたの強い意思によって存在するだけの、
生きても死んでもいない哀れな存在。
生き切れず、死に切れもしない』
俺はあの日死んでいたのだな。
今更、死を恐れていても仕方の無いことなのだ。
生きていたいとは思う。
けれど自分の命の残量だからこそ、自分自身にははっきりと見えていた。残酷な程に。
『死』という言葉で思い出す。
玄武の加護を得たあの日、エイカはひとつ予言を残した。
『死は、美しき乙女の姿でお前の元へと舞い降りる』
あの日、星の河のほとりで何かに導かれるように、
死んでいった兵士たちはうっとりした目で次々河を渡っていった。
止めようとしても、引き止めることは出来なかった。
きっと他の皆には自分を死へと導く愛しい誰かの姿が見えていたのだろう。
ぼんやりと考えていた俺に千尋が声をかけ、我に返る。
「忍人さん。
破魂刀をつかわないでくれてありがとうございました」
「……ああ、いや。約束だからな」
嬉しそうに微笑む千尋の横顔を眺め理解する。
ああ、きっと君が俺の死なのだと。
俺が死ぬときには君が俺を導いてくれるのか。
君が導いてくれるなら俺はその道を恐れることなくゆけるだろう。
俺が最後に見ることが出来るのが君の姿だとしたら。
それはきっとそれ以上無い幸福だろう。
こんな俺の人生の幕をひいてくれるのが君ならば捨てたものではないのかもしれない。
橿原陥落のあの日、身を焦がすように切望した何か。
誰かの為に生き、自分の全てをかけて守り抜くこと。
俺のただひとつの、真実を得ること。
千尋。
俺の望みは君の存在によって全て叶えられた。
君こそが、俺の望みそのものなのだ。
俺は全てをかけて君の願いを叶えたい。
俺の命が尽きる、その瞬間まで。