残心




  −10−


 その少年は、将臣くんを『重盛』と呼んだ。
 立派な青の胴巻、緋色に蝶の紋様を染め抜いた陣羽織。
 ……今思えば、赤は、そして蝶の紋様は平家の象徴だった。
 将臣くんが『還内府』であることを知って皆は衝撃をうけているみたいだった。
 九郎さんが苦悶の表情を浮かべた。
 裏切られた、と思っているようだった。
 まさか平家にいたなんて。
 譲くんも衝撃をうけてみたみたいだったけれど。
 わたしにはどうでもいいことだった。
 わたしにとって将臣くんは、将臣くんだったから。
 皆の一瞬の迷いを先制の一太刀で断つ。
 平清盛。
 怨霊となって蘇った貴方を解き放ってこの戦を終わらせる。
 皆の力を合わせて。
 譲くんと将臣くんがいい連携を見せていた。
 会えば喧嘩ばっかりしているのに、やっぱり二人が力を合わせると凄い。
 かなわないな、と思う。
 将臣くんは自分が世話になった恩人を討つのは辛いみたいだった。
 貴方を討つ、そう口にしたのにいつものような太刀裁きじゃない。
 剣に、迷いが見えた。
 でも、将臣くんは戦っていた。
 将臣くんが守りたいと口にした三つのものの為に。
 それにはきっとわたしと、譲くんは含まれている。
 でなければ、あの義理堅い将臣くんが恩人に剣を向けるなんてことはしない。絶対に。
 色んな鬩ぎあいがあるんだろう。それでも戦えるんだ、凄いなとわたしは思った。
 譲くんは将臣くんが次に何処を狙って大太刀を振るうのかわかっているみたいだった。
 言葉を交わさなくても。
 狙いを定めて、矢を放つ。
 とても冷静に、迷い無く。牽制し、相手を翻弄するように。
 譲くんが放った矢の軌跡に導かれるようにして、将臣くんの大太刀が煌く。
 わたしはそれに少し見とれてしまっていた。
 譲くんの声で現実に引き戻される。

「先輩、……お願いします」

 譲くんと手を翳す。信頼が通い合い、光になる。
 そしてわたしはこの地に流れる龍脈の力を解放した。
 天輪連華。
 譲くんのまっすぐな気性をあらわす様な光が舞い踊る。
 土属性の清盛にそれは、それほどの効果はあげられなかったけれど。
 その強い光は、清盛を一瞬怯ませた。
 その動揺を逃さず、九郎さんの一太刀が清盛を捕らえた。
 その動きにあわせて踏み込もうとした将臣くんを、九郎さんは目で制した。
 恩人に手をかけることは無いと。
 ……平家の棟梁を、源氏の大将を任された自分に討たせて欲しいと。
 九郎さんは返す鮮やかな一太刀で、清盛を討った。
 それをどこか虚ろな目で将臣君は見ていた。
 ……大事な人だったのだろう。
 最後に正気を取り戻した清盛が、将臣くんの名前を呼んだ時、将臣くんは目を伏せた。
 何かを思い切ろうとするように。

 清盛を封印した時に、大きな力が満ちてくるのを感じた。
 清盛に……平家に奪われた白龍の半身が戻り、調和を取り戻して、
 白龍は天へ昇った。金色の龍の姿となって。
 応龍。それが白龍の本来の姿。
 今なら時空(とき)を超えて帰れると応龍は言ってくれた。
 ……でも、将臣くんは帰らないと言った。
 平家の皆にとても世話になったから。最後まで見届けたいと。
 それはとても将臣くんらしい決意だった。
 ……本当は一緒に帰って欲しかった。これでもう会えないなんて寂しかった。
 でも、将臣くんの決意は固かった。
 ぽつり、ぽつりと譲くんと将臣くんは最後の兄弟の話をしていた。
 どうしても帰らないのか、とか。両親を頼む、とか。
 不意に将臣くんはわたしを、譲くんを見て笑った。

「譲、こいつのこと頼むな。
 ……なんて、俺が言うことじゃねえか」

 わたしは気恥ずかしくて二人を見ていられなかった。
 なんてことを言うの、将臣くん。
 そう文句を言おうとしたら、譲くんは頷いてくれた。

「幸せにする、必ず」

 その言葉に、わたしはぽかんと譲くんを見つめた。
 嬉しいとか、気持ちが溢れているのに。……真っ白になってしまって。
 譲くんは真剣な顔で言ってくれた。
 そして口にした後で、自分が何を言ったのか理解したのか、
 耳まで真っ赤になってそっぽを向いてしまった。
 そんなわたし達を将臣君は呆れたような顔をして、仕方ねえなと口にすると、
 九郎さんたちの方へ行ってしまった。
 これからの話をするんだろう。
 平家を南の海へ連れて行く準備は進めていたようだけど、
 九郎さんにそれを見逃してもらえるように頼むのかもしれなかった。
 棟梁であった、清盛の命と引き換えに。欠けてしまった三種の神器を返還するという条件で。
 これからどうなってしまうのかは、まだわからない。
 けれど確かに今平家と源氏の戦いは終わったんだ。
 和気藹々と話合う大将同士に、兵士達は戸惑っていたけれど、
 戦が終わった安堵感につつまれ、皆思い思いに寛ぎ、帰還する仕度を始めていた。
 九郎さんの厳命で、船に逃れていた平家のみんなに源氏軍は手を出さなかった。
 そんな九郎さんを複雑そうな顔で景時さんは見つめていたけれど、
 弁慶さんに説得され、仕方ないと腹を括ったようだった。
 景時さんも鎌倉殿を恐れてはいたけれど、もともと戦は好きじゃない人なのだから。
 平和的解決が出来るのならそれを選びたい、そう思ってくれるはずだった。

 そんな皆を少し遠くから、譲くんと手を繋いで見つめていた。
 戦が終わって、わたしたちには何も出来ることが無かったから。
 ……ああ、終わったんだな。
 ぼんやりとしていたら、はらり、はらりと雪が舞い落ちてきた。
 かつて譲くんの亡骸に降り積もった雪。
 今その雪を二人で手を繋いで見つめていた。
 暖かい、てのひら。
 その温度は失われない。
 譲くんの手はわたしよりもずっと暖かくて。
 てのひらから全身にそのぬくもりは広がっていく。
 身震いしたわたしを譲くんは後ろから抱きしめてくれた。
 ……暖かい。
 力強いのに、優しくわたしを全てから守るようにまわされたその腕に
 わたしは心から安心して身を委ねた。

 もう大丈夫だ。

 わたしは首から、逆鱗を外した。
 きらきらと輝くそれはとても綺麗で。
 欠けてしまった時に出来た陰りが残念だったけれど。
 でもそれこそが運命の道筋を変えた証で。
 今はそれがとても愛おしかった。
 白龍、ありがとう。
 未来、変わったよ。
 だから、もうこれは返すね。
 わたしはそれを海に向かって投げた。
 逆鱗は海に堕ちる寸前に、光になって融けた。
 その光の余韻が波間に漂うのをわたしと譲くんは黙って見つめていた。

「あ、暖かい」

 譲くんは首の宝玉に手をやった。
 譲くんは不思議そうに首筋の宝玉を撫でていた。
 ずっと冷たかった宝玉がほの温かいんです。
 雪が降っているのに、変ですね。譲くんは首をかしげたけれど。
 わたしにはわかった。
 わたしの心のうちを凍らせていた何かが、ゆっくりと今とけて行くのだと。


背景素材:冬風素材店

クリスマスに雪は降らないに続いています。よろしければ。
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