残心




  −3−


 屋島に近づくにつれ、戦はどんどん激しくなっていった。
 平氏の抵抗は強く、戦況は良いとだけはいえない状態だった。
 敵方に生きた武者はほとんどいない。相手をしているのはほとんど怨霊だ。
 負け戦が続いた平家にはもう生き残りが少ないのかもしれない。
 負け続けの平家に肩入れをする豪族もいない。
 だからこそ躊躇いなく斬れたけれど。これが皆生きた人だったらと思うとぞっとする。
 安らかに眠って。そう思いながら怨霊を封印していく。
 封印できることは、嬉しい。
 でも封印するのはわたしと白龍の力が強くなった今でも消耗は激しい。
 朔がいてくれなかったら、倒れていたかもしれなかった。
 けれど平家から三種の神器を奪還せよと法皇様から強い命令が出ている。
 ここでおいつめれば戦は終わるかもしれない。そう思うからこそ皆頑張れた。
 剣を振るい続けて、疲れきっていても源氏の神子であるわたしが疲れを見せてはならない。
 九郎さんも、景時さんも疲れきっていても兵の前ではそんなそぶりは見せなかった。
 こんな時だからこそ、譲くんのぬくもりが欲しいのに。
 生きているって安堵したいのに。譲くんはわたしをまいて何処かへ行ってしまう。
 朝になると何事も無かったようにまた戻ってくるけれど。
 わたしも探してみるのに、結局疲れに負けて眠ってしまい譲くんと話が出来ていない。
 譲くんは夜の軍議が終わると、するりと陣を抜けてどこかへ行ってしまう。
 敦盛くんは、一度譲くんが夢で魘されて大声を上げて起きてから天幕の中で眠らなくなったと言っていた。
 皆の貴重な休息の邪魔はしたくないと。
 あの夢を譲くんはまだ見ているんだろうか。
 譲くんがあの夢を見続けているということは、未来は変えられないんだろうか。
 あと二日で屋島というところまできている。
 このままだと間に合わないかもしれない。
 今夜こそ捕まえなくては。そう思うのに何て言えばいいのかわからない。

 繋いだ手から何か伝わっていると信じていた。
 少なくともわたしは譲くんのてのひらのぬくもりに包まれて安心できた。
 でもちゃんとわたしは伝えられたのかな、譲くんが好きだって。
 再会した時に、確かに譲くんを好きだって言った。
 でも、あの好きは譲くんに対してじゃなかったと今はわかる。
 失ってしまった『譲くん』に向けた好き、だ。
 でも、譲くんもわたしを好きだと言ってくれたから。それに甘えていたんだろうか。
 あの時言葉にして言った事で、何か達成したような気がしていなかっただろうか。
 あれは、ただの始まりだったに過ぎないのに。
 好きだと言ってくれたことに胡坐をかいて。甘えきっていただけ。
 あの後お互いの気持ちなんて確かめ合ったことはなかった気がする。
 触れ合うぬくもりに気持ちが通い合っていたのはいつまでだったんだろう。

 ……本当は通い合ってなんていなかったのかもしれない。

 そう思いついてぞっとした。
 わたしは譲くんを失って出来た欠落を譲くんで埋めようとしていた。
 譲くんを失って凍った心を譲くんのぬくもりで溶かそうとしていた。
 甘えきって、依存して。
 譲くんがわたしに望むことは何一つしてあげなくて。
 ただ傍にいることを譲くんに強要した。
 だって、わたしは疲れきってしまったから。
 譲くんを失って、譲くんを思い続けることに一度疲れてしまった。
 失った恋の温度は冷めていくのに。譲くんのあの瞳がわたしの心を捕らえたままだ。
 譲くんを求めているのに、今の譲くんを求めていなかった。
 譲くんの優しさに甘えていただけ。
 目の前にいる譲くんのぬくもりに包まれて、考えていたのは『あの時の譲くん』のことだった。

 ……なんて最低なんだろう、わたし。

 でもそれが本当だったのかもしれない。
 再会した時は、譲くんのことは好きだと思っていた。
 もう一度会えて嬉しかったのは、嘘じゃない。
 けれど、本当は違ったのかもしれない。考えれば考えるほどわからなくなっていく。
 『あの時』の譲くんと、今の譲くんが重なっては、離れて。
 わたしはどの譲くんが本当は好きなんだろう。
 穏やかな譲くんも好きだけれど、『あの譲くん』にも会いたいと願ってしまう。
 もう一度出逢えたのに。贅沢なことは言ってはいけないのに。
 確かに譲くんのぬくもりはわたしを支えてくれたのに。休ませてくれたのに。
 でも心を射抜いたの強い瞳に、まだわたしは囚われたままだ。
 同じ声、同じ顔なのに。
 失いたくないと思うのは本当なのに。
 また置いていかれたくないから?
 それとも今の譲くんが好きだから?
 ちゃんと譲くんと向き合わなかったら後悔しか残らない。
 もう一度失敗してしまったら、わたしは譲くんに伝えられない。
 軍議が終わってするりと消えようとした貴方をわたしは捕まえた。

 久々に並んで歩く。
 眼鏡越しに見る譲くんの瞳には濃い疲労が浮かんでいた。
 その焦燥した顔に、『あの時の譲くん』の面影が重なり、鼓動が跳ねた。
 星空を見上げて、明日は晴れそうですねと口にした譲くんに何も言えなくなる。
 譲くんの知っているあの日は日没まで。その後は譲くんは知らない。
 ……譲くんの夢は譲くん自身が死んだところで終わるのだから当たり前だ。
 明日は確かに晴れる。でもその後雪が降る。日が沈んだ後に。
 冷たくなった譲くんを雪が覆っていく。
 引き離された譲くんが何処で眠っているのかわたしは知らない。
 呆然としたまま、京邸に戻されてしまったから。
 譲くんは雪が降り積もる中、白い煙になって屋島の空に消えたんだろう。
 でもわたしは、それを見ていない。見ていればもしかしたら何か諦めがついたかもしれないのに。
 その何かはわたしにはわかりたくなかったけれど。
 あの悲しみが蘇る。

 あの時ただ、もう一度譲くんに会いたかった。

 それだけを願ってわたしは時空(とき)を超えたのに。
 またわたしは目的を見失っていた。
 譲くんにまた出会えたことの安堵と、思いを伝えた喜びにうかれて。
 そして譲くんを喪った悲しみからうまく立ち上がれていなかったから。
 そばにいたい。そばにいさせてほしい。こんな風に。
 譲くんにもそう願って欲しい。
 わたしはやっと、貴方に何を言ったらいいのかを理解する。

「明日も、明後日も一緒にいて欲しい」

 そう言えばよかったのだと。
 どの譲くんが好きとか大事だとか今はよくわからない。
 でもそばにいたくて、いて欲しいのは本当だから。
 わたしは貴方にそれを伝えよう。
 一緒に帰りたいよ、わたし達の鎌倉に。


背景素材:空色地図

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