残心
−3−
徐々に、俺は、貴方を避け出した。
俺自身を支えるのでギリギリだったからだ。
貴方と向き合い真実を知る勇気も、問い質す気力も無かった。
屋島が、近い。
鮮明になっていく夢に魘されて、大声を上げて飛び起きて。
同じ天幕で眠っていたヒノエと敦盛を起こしてしまって。
見張りの兵が駆け込んできたときに、もう一緒に天幕では眠れないと思った。
陣の外、見張りの兵をやりすごして眠れる場所を探す。
手にした弓を抱えるようにして、矢の本数を確かめて。声が漏れないように手ぬぐいを噛む。
また叫び声をあげて、見張りの兵に迷惑をかけたくない。
眠ってはすぐに起きた。でも少しは眠らなくては。
疲労で眠りには簡単に落ちていけるのに、そこには悪夢が待っている。
俺が使う武器は弓。
少しは眠らないと視力が落ちてしまう。
師匠は心眼さえ出来ていれば的は狙えるというけれど俺はまだその境地には至れない。
皆に迷惑をかけるわけにはいかないし、体力が落ちて行軍ができなくなったら貴方を守れない。
必死で眠った。
どんどん現実感が増す夢と、夢の場所に確実に近づく予感。
激しくなっていく戦に、体力的にも、精神的にも限界にきていた。
貴方に優しくできる自信が無い。
貴方が俺に求める、優しい穏やかな有川譲でいられる自信が無い。
……貴方がどんな俺が好きだったのかわからないけれど。
そう吐き捨ててみても。
俺に何が出来るのだろう。
貴方は目の前にいて、俺のぬくもりを求めていて。
確かに俺が求められているのに。どうしてそれだけで俺は満足できないのか。
昔の俺なら、それでもいいと言えただろう。けれど、今はそんな風には思えない。
俺は、何故貴方に何も訊くことが出来ないんだろう。
……何て問えば貴方の答えは帰ってくるんだろう。
俺にはわからない。
俺に出来るのは貴方の手を握ることだけ。
貴方が求める、ぬくもりを与え続けるだけ。
それすら、もう今の俺には難しい。
俺の腕の中で無防備に甘える貴方を無茶苦茶にしてみたい衝動に駆られたのは一度や二度じゃない。
もしくは貴方を思うままに優しく抱きしめて、もっと甘やかして、
俺以外の誰にも見せられないような貴方の貌を見せて欲しかった。
貴方が俺がいないと駄目なように甘やかして閉じ込めてしまえたら。
何故貴方は俺の前でそんな風に安心しきっていられるのか。
貴方にとって俺はそういう対象じゃないからなのか。
それとも貴方は信じているのか。
品行方正で生真面目な有川譲を。
想いの全てを封じ込めていたから、それしか表面に残らなかっただけなのに。
どれほどの努力で貴方の前で、いい幼馴染でいようとしたのか貴方にはわからない。
ただ自信がなくて、貴方の前で本当の俺を晒せなかっただけなのかもしれないけれど。
……残酷で我侭な本当の俺の貌を貴方に見せたことは無い。
俺の強い執着を見せて怖がらせたりしたくなかったから。嫌われたくなかったから。
そんな自分に嫌気がさす。
貴方は、本当の俺を知らないのに。何故好きだなんていえるのか。
おかしくて笑いがこみあげてくる。なんて滑稽なんだろう。
貴方は俺を見ていない。
俺の気持ちは綺麗なだけじゃないから。
俺も貴方に本当の俺をみせていない。
俺もきっと本当の貴方を知らない。
綺麗なまま貴方の前から消えてしまいたい衝動と、
貴方を思い切り傷つけて、傷を残して消えてしまいたい衝動に揺れ動く。
そして俺は強烈に『俺』に嫉妬する。
自分が望んだとおりに貴方を護りきって、死んでいくことで先輩の心に永遠を刻んだであろう俺に。
貴方はその面影を俺に重ねているんだろう。
どちらも俺だ。……わかっているそんなことを言うのは不毛だと。
けれど、俺は貴方の心が欲しかった。
貴方が俺を好きだ、と言ってくれたから。
その言葉に縋る俺はなんてみっともないんだろう。
けれど、貴方に俺の想いが届く日が来るなんて思っていなかったから。
ほんのわずかでも希望を目の前にちらつかせられたら、俺はそれを諦めることなんてできなかった。
貴方は俺をどうやって生かそうか考えている。
考えれば考えるほど不安になる貴方を、俺は支えたいそう思うのに。
貴方は俺を思うふりをして決して頼ってはくれない。
貴方が俺を必要としてくれたら、俺は貴方の為になら何でも出来るのに。
命を投げ出してまで貴方を護ろうとしてしまう俺だから貴方は俺を頼ることができないのか。
でも俺を見つめているその瞳に『俺を映して欲しい』そう願うのはいけないことなのか。
貴方が失った何かを得るためじゃなくて、俺と貴方の未来を得るためになら。
そのためになら俺は何があっても生き残るのに。
貴方をすべてから護りきるのに。
貴方はそれを望んでくれるのか、それすらも尋ねられない。
……でももう時間がない。
明日には屋島での戦が始まる。この夜が明けてしまったら。
夕暮れに金色の扇を射ぬいた後、俺に命があるのだろうか。
震える貴方にこんなことを問うのは残酷なんだろうか。
でも貴方の本当の気持ちを、知りたい。
でなければ俺は戦えない。
貴方か俺を必ず貫くあの禍々しい黒い力。
それを振り払えるほどの力を得るためには。
貴方が『俺』を本当に望んでくれるのか。それを、確かめたい。
でも確かめるのが怖かった。
貴方の口から貴方が好きなのは俺ではなく『俺』なのだと直接言われてしまったら。
俺は何処へ行けば良いんだろう。
貴方の傍にいられなくなって、貴方を庇って死んでも。
貴方の心を縛るのが『俺』のままだとしたら。
貴方に生きていて欲しいから無駄死にだとは思わないけれど……空しさを感じてしまう。
すべてを投げ出して守りきった『俺』にかなわない。
その『俺』を超えて貴方の心を手に入れる自信がない。
俺の想いの行き着く先は何処なんだろう。
でも、貴方はここに来てくれた。もう一度俺と出会うために。
俺を喪った悲しみを……他の誰かに埋めさせることも出来たはずだ。
その考えは俺に少し希望を与えたけれど。
期待しすぎてまた裏切られるのが怖かった。
そんなことをぼんやり思いながら、夜の軍議に出席する。
真剣でいて、どこか上の空な貴方の顔を見つめた。
貴方はやっぱり明日何がおこるのかわかっているんだろう。
貴方の言う意見は、九郎さんや景時さんが唸るほど的確だ。
貴方が言うように俺が貴方を庇わないで、何が出来るんだろう。
軍議が終わり解散となった後、声をかけられずにいた臆病な俺を貴方は捕まえた。
真摯な瞳は夜の闇の中でもきらめきを失わなくて。
ああ、俺はまったく貴方が好きだ、と思う。
最後の夜なら。
俺は貴方に本当のことを聞いてみようか、と思う。
本当の俺を貴方に見せて、もし貴方がそんな俺を拒んだら。
俺は貴方を守って死んでいければそれでいい。
……貴方とこうして一緒にいられて幸せだった。
いい夢を見られた。そう思おう。
でも、貴方が俺を望んでくれるのなら。
俺に出来る事はなんでもしよう。
貴方がもし、俺でいいと言ってくれるのなら。