みせばや
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宝玉が体から消えたことで、望美の帰還を知った八葉が久々に集まり、
景時の京邸で宴が開かれたのは、神無月に入ったはじめ。
望美と譲の体力が戻ってからのことだった。
神域から戻ってきた望美もそうだが、神域に至った譲も消耗が激しく、
すぐに人に会える状態ではないと判断した弁慶と景時が書状を送り、
容態が落ち着くまで八葉たちに待つように伝えた。
還って一月たち、ようやく普通に生活が出来るようになった頃、
久々に集まった八葉との再会は果たされた。
八葉以外の関係者には望美の帰還は伏せられた。
帰ってきた望美を誰もが歓迎したわけではなかったのだから。
歓迎されないわけではない。
しかし、龍神の神子として世界を救ってしまった望美を
世間がそっとしておいてくれよう筈もないだろうとの判断で、
望美は神域に至ったまま帰らないとすることになった。
鎌倉殿が征夷大将軍となり、政治を始めようとしているこの時期に、
もうひとつの求心力などあってはならないのだ。それも京に。
ごめんね、と複雑な顔をして景時は笑い、九郎は目を伏せた。
世界を救った龍神の神子と、平家に勝利した九郎の組み合わせが、
九郎と鎌倉殿の微妙な兄弟仲を刺激してしまうとも限らないのだから。
龍神の神子は消え、宝玉はひとつに戻った。八葉の役目は終わったのだ。
……それでよいではないかとリズヴァーンが言い、
役目が終わったことを、そして望美の帰還を祝い宴は盛り上がった。
久々に会った仲間達と酒を酌み交わし、再会を喜びあう。
譲と望美が『わりあい仲』になっているのを目の当たりにした恋敵たちは、
まだ初心なふたりを酒の肴に盛り上がり互いの失恋を慰めあう。
……自分がそちら側にまわるとばかり今まで思ってきた譲には信じられない光景だった。
慣れない酒に酔い、いつのまにかに自分にもたれて眠っている望美の重さを
幸せと共に受け止める。
そのいつにない穏やかな顔が気に食わない恋敵たちにあびるほど酒を勧められ、
譲はいつ宴が終わったのか覚えていない。しかし最後は笑って再会を誓い合った。
そのしばらくのち、八葉から別れ、またひとつに戻った龍の宝玉を
星の一族へ返そうと、望美を伴い館を訪れた。
一族の誰かを娶り、子を成せ。
そういわれた事は望美には伏せてある。言う必要もない、と思っていた。
譲を歓迎するが、望美にはどこか冷たい一族の対応に譲はため息をつく。
ここで一族の者たちを非難し、絶縁するのは簡単だ。
しかし、自分たちはこの世界で生きていくしかない。
景時や、九郎たちにいつまでも頼りきるわけにもいかないだろう。
だからといって望美と二人で生きてゆくのは難しいし、菫の家族なのだ。
仲違いをするのは忍びなかった。
時間がかかっても、一族に望美を受け入れさせる。それは自分の役目だろうと譲は思う。
いつしか望美の人柄はきっと皆に愛されるだろう。
それまで辛抱強く望美をささえていく。
そうして二人が生きる世界を作っていこう、そう心に決めたのだから。
京邸と星の一族の館を往復する生活を始めてすぐに、譲は文献の研鑽を始めた。
望美の代の星の一族は譲だ。
八葉でもあった自分が残す以外に誰が残すのだろうと思い至り、
準備を始めたのだった。
今ならわかる。何故『龍神の神子によって京は救われました』で終わるのか。
神子のその後がどうして書き残されなかったのか。
……少なくとも自分の代ではその後を書き記すつもりはない。
自分の書き残す文献も『龍神の神子によって救われました』で終わるだろう。
龍神の神子は八葉でもあった自分と幸せにくらしました、などと誰が書ける?
書けようはずもない。
そして神子の存在は、隠されたのだろう。
その時代にも後の時代にも残らぬように。でないと神子が生きて行けないから。
ぼんやりとそんなことを考えつつ筆を運んでいると、
望美が声をかけてきた。
「譲くんなにしてるの?」
「……文献を書いてるんですよ」
「ぶんけん?」
「記録ですよ。旅の記録。貴方の代の星の一族は俺です。
俺以外に書ける人間はいませんから。仕方がないですよ」
「ふーん」
筆で書く譲の文字がいまいち読めない望美はそれに対しての興味を一瞬で無くし、
譲に背中合わせでもたれてみる。
相手にしてもらえないのがつまらないのだろうか。
確かに星の一族の館では、望美の話し相手はまだ少ない。
譲はひとつため息をつくと筆を置いた。
休むにもちょうどいい頃合だったのか。凝り固まった肩を腕を伸ばしてほぐしてみる。
「いいの?」
「貴方が邪魔してるんですよ」
「邪魔だった?」
「いいえ。もう休もうと思っていたからいいんです」
ふふふと笑って望美は譲の背中に体重をかけた。
バランスを崩した譲は床に横倒しになる。
おかしくなって二人で笑い……ひとしきり笑った後、
ごろりと横になったまま二人で庭を眺めた。
「ここの庭も綺麗だね。譲くんもしかしてこっちも」
「少し手を入れました」
「……庭仕事好きなんだね」
「おばあちゃんの影響でしょうね。落ち着くし、好きなんです。
俺が手をかけて世話をするとそれに応えるように咲いてくれるのが。
綺麗な花が咲くと貴方は喜んでくれたから。それにも応えたかった」
「春の花、ちゃんと見たかったな」
「貴方の為にまた咲かせますよ」
「秋桜は終わっちゃったけど、京邸のみせばやだっけ。可愛い花だったな」
「みせばやはみせたいという意味なんですよ。あの花を見るともう秋が終わるんだなと思います。
みせばやが咲く頃に貴方は還ってくるんだろうか、貴方と一緒にながめられるのか。
あの花を貴方に見せたい。そう思っていたんです」
貴方と一緒に見られてよかった。
譲は望美を見つめて笑った。
秋が終わり、冬が来て。雪に閉ざされても、また春が来て芽吹き、花が咲く。
貴方によって護られた世界は、巡り巡って続いてゆく。
「今年の桜は貴方と見られなかったけど、来年は見られると思うと嬉しいです」
「お花見したいな、おべんと持って」
「今年はそれどころじゃなかったから、来年は皆で楽しみたいですね」
「それもいいけど。譲くんとも行きたいな二人で」
「……それもいいですね」
望美と小さく呼ぶと、貴方は耳まで真っ赤にして頷いた。
貴方と毎年桜を見よう。
そうやって歳を重ねて生きてゆきたい。
この貴方が護った愛おしい美しい世界に。
貴方と二人で。いつまでも。