みせばや




  −9−


 いきなりなんてずるいと貴方は言って、拗ねて俺の胸に顔を埋めた。
 貴方を逃がさないって言ったじゃないですか、と俺はこたえ貴方を腕に閉じ込めた。
 ……こんなことをぬけぬけと言う俺なんて、俺自身知らない。
 こんな俺がいたのか、とおかしくなり苦笑いする。

「帰りましょう。先輩」
「……もう、先輩じゃないでしょ」

 そうか。
 もう学校にも行かないし。

「じゃあ何て呼んだらいいですか」
「……名前」

 名前で貴方を呼ぶ。
 そう思うだけで緊張してしまうのは長年の癖だろうか。
 固まった俺を、貴方は期待するような目で見上げる。
 その目は、反則だ。けれど、自分でも情けない程、貴方の名前を口に出すのは勇気が必要で。
 勇気を振り絞って貴方の名前を口にする。

「……望美、さん」
「呼び捨てでいいよ」
「………………望美」

 おずおずと貴方の名前を呼ぶ。
 貴方の顔が面白いくらい赤くなる。多分、俺の顔も同じくらい赤いだろう。
 名前ひとつでこんなに赤くなるなんて。お互いどうかしている。
 抱き合ったり、手を握ったりしたりした時にはここまでお互い照れなかったのに。
 手を繋いだりは確かに、関係が幼馴染だった時にもあったから。
 ……幼馴染から、恋に変わる瞬間だったのか、今のが。
 照れくさくて、貴方の顔が見れない。
 貴方も耳まで赤くしたままで、俺の顔を見ようとしない。

「しばらく先輩のままでいいよ。
 ……なんか心臓に悪いし」
「そうですか」
「でも慣れたいから、時々呼んでね」

 耳を赤くしたままそっぽを向いた貴方が可愛い。
 けれど俺も照れの極致でただ頷くしかできなかった。
 これから貴方と俺の関係が始まっていくんだな、と感じる。
 幼馴染でも、八葉と神子でも、星の一族と神子でもない。
 新しい関係。
 帰りたいな、と思った。
 これからを貴方と生きていきたい。
 貴方の手をおずおずと握る、貴方は握り返してくれた。

「一緒に帰りましょう」
「うん」

 その時、首筋に熱さを感じた。
 少しの痛みを感じたとき、宝玉がふわりと宙を舞った。
 くるり、くるりと回るうちその数はだんだん増えてゆく。
 八つの宝玉は俺と先輩のまわりをふわりと舞った。
 俺と貴方を護るように。

「……皆待ってますから。帰りましょう」
「うん、譲くん。手を離さないでね」

 貴方の手を握る。今度こそ貴方を失わない。
 宝玉の放つ白いひかりに俺たちは飲み込まれる。
 意識が遠のいていく中で、貴方の手を握りなおした。
 決して離さないように強く。



 目が覚めた時に始めに見たものは揺れる秋桜そして、心配そうに覗き込む貴方の顔。
 こちらに戻ってくるときに貴方を庇って少し頭を打ったらしい。覚えていないけれど。
 後頭部に鈍い痛みを感じる。
 俺を下敷きにした貴方は何処も怪我はなかったようだ。
 ふわりと微笑む貴方の笑顔と、揺れる秋桜。
 ほっとした俺はそのまま意識を手放した。
 再度目が覚めたのは、自分の部屋。
 胸元に重さを感じて目を覚ますと、傍らに貴方がいた。
 俺を心配して、離れなかったけれど結局疲れて眠ってしまったらしい。
 手がしびれているなと思ったら、貴方の手が繋がれたまま。
 もう片方の手にはひとつに戻った龍の宝玉。
 起き上がろうと貴方を少しずらし、半身を起こす。
 額にあった手ぬぐいが落ちた。
 手ぬぐいを浸す水を替えに行っていた朔が戻ってきて、起きている俺を見ると
 おかえりなさいと言ってくれた。
 朔にただいま、と言い。眠る貴方の髪をすく。
 朔は何かを悟ったような顔をして、目配せをして出て行った。
 貴方をこのまま寝かせておくわけには、と思い一旦手を離そうとする。
 けれど貴方は手を離してくれない。
 少し考えて、貴方を褥の上にあげて、上掛けをかける。
 添い寝をしてみようかとも思うけれど、身が持ちそうにないのでやめる。
 今は、貴方を見ていたい。
 貴方が目を開けたとき、一番に声をかけたいから。
 『おはよう』と。
 貴方は規則正しい寝息をたてて、すやすやと眠っている。
 貴方の手のぬくもり。かわいらしい寝息。なんて愛おしいんだろう。
 貴方が生きてここにいる。その奇跡をかみしめる。
 貴方の救った世界は美しい。
 その美しい世界を貴方に見せたかった。
 貴方は帰ってきた、貴方の護った世界に。
 俺と貴方が生きる世界に。
 いつか貴方に見せられたらいい。俺があなたをどれだけすきか。


背景画像:空色地図

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