みせばや




  −8−


 少し座って話そう、と貴方が言ったので並んで座る。
 俺は向かい合って座ろうとしたけれど、貴方は俺の袖を握り、
 肩にもたれるようにして隣に座った。少し疲れたのだと貴方は笑う。
 貴方を肩で受け止める。貴方の居場所を、少しでも寛げるようにと、つくる。
 そんな日が来るなんて思っていなかった。肩に触れるぬくもり。
 そこから幸せがひろがっていく。
 俺は貴方の手を捜して握る。
 でないと貴方が消えてしまうような気がして。
 貴方は貴方が今までどうなっていたのかをぽつり、ぽつりと話してくれた。
 龍神を召喚した時、貴方は白龍と溶け合い、新しい龍の一部となって
 神域へ……ここへきたらしい。
 あの時俺は貴方に消えないで欲しいと強く、強く願った。
 だから貴方のひとかけらが俺の宝玉に残ったのだという。
 俺は貴方を求めて、貴方を辿る旅をした。貴方のかけらと共に。
 その地に残った貴方の思い出のかけらがひとつひとつ貴方の目覚めを促し、
 貴方はやっと貴方として存在が出来るようになった。
 ふと貴方の気配を感じたのは貴方が共にいてくれたから。
 貴方の気配をつかめなくなったのは、貴方がこの神域で目覚めたから。
 ……俺が貴方に会えたのは、目覚めた貴方と俺の願いが呼び合ったから、ということか。

「あの時確かに譲くんを護りたいと思った。
 何故かはわからないけど、大事だったから」
「……わからない、ですか」
「うん。まだよくわからない。ごめんね。
 ちゃんとわたしとして考えられるようになったのは、最近なの」
「……」
「譲くんにはもう会えないと思ってたから。あんまり考えないようにしてた」
「……先輩」
「でもね、たくさん色んなことを考えたの。譲くんのこと。
 色んな思い出を思い出して気付いたの」

 貴方は、俺を見つめた。どこか辛そうな顔で。

「譲くんがちゃんと笑えていないこと。
 ずっと辛そうだった。それはきっとわたしのせいなんだろうなって」
「貴方のせいじゃない。貴方が好きで、とまらなくて。
 貴方にこの気持ちを知られたら、傍に居られなくなるかもしれない。
 だから……」
「そうやって譲くんは我慢をしてきたんだね。
 そうやって気持ちを押し込めてきたから、譲くんは笑えなくなって。
 わたしは一緒に居ないほうがいいかなって」
「違う」
「わたしは譲くんのこと本当はよく知らなかったの。
 将臣くんみたいにずっと一緒にいたつもりで。
 譲くんのことって、こっちにくるまで多分何も知らなかったの。
 譲くんがどんな風に話すとか、笑うとか……頑張るとか」

 貴方は遠い目をして、俺を見ている。
 俺を見ていながら、俺の向こう側に他に誰かの面影を見ているような、そんな目で。
 貴方は何を見ているのか、俺には尋ねる勇気がまだない。
 今目の前にいる俺を見て欲しいと願うことしか、できない。

「でも、大事だったから。
 生きていて欲しかったの。幸せになって欲しかったの。
 いっしょにいられなくてもいいから」
「俺は、そんなのは嫌です」
「どうして?」
「……俺は貴方がずっと好きだった。
 貴方がもし俺を好きになってくれたらとずっと願ってきた」

 俺の声の調子が変わったのを貴方は感じ取り、逃げようとしたのか、
 貴方は体をよじる。手を離そうとする。
 まるで聞きたくない、とでもいうように。
 でも俺は離したり出来ない。もう、離れたくない。
 だから願いを、決意を口にする。

「もし、貴方が俺を好きになってくれたのなら、貴方を絶対に離さない」

 貴方は俺の瞳を見てうろたえる。
 こんな風に見つめる俺を貴方は知らないだろう。
 ずっと、ずっと隠してきたのだから。
 貴方に怯えられたら、怖がらせたら……貴方との距離がまた、遠ざかる。
 でも今は、もしかしたら貴方を振り向かせることが出来るかもしれない。
 貴方に優しくしたい、貴方に優しい自分でありたい。そう思う自分もいる。
 でも貴方が欲しいと、貴方を求める男の貌だって隠し持ってきた。
 貴方は驚き、逃げるだろうか。

「貴方ともう離れたくない」
「譲くん」
「貴方がもし、俺が嫌じゃなくて、少しでも好きでいてくれるなら。
 俺の傍にいてくれませんか」
「……」
「俺が嫌じゃないのなら」
「……譲くん」
「……今は俺を好きとか、愛してるとかわからなくてもいい。
 俺と同じ気持ちを返してくれなくてもいい。
 でも、貴方がもし少しでも俺を好きと思ってくれるなら……一緒にいてくれませんか」
「でも」
「でも?」

 ぽたり。
 貴方の瞳から零れる涙。
 なんて綺麗なんだろう。ああ、落ちてしまう。
 ぽたり。
 ああ、落ちる。
 そう思った時、てのひらで貴方の頬を包んでいた。
 涙に縁取られたその瞳は潤んで、とても綺麗な色をしていて。
 誘うようなその深い色に魅せられる。
 縁取られた長い睫が瞳に深い影を落とす。
 こんな風に近くで貴方を見つめたことなんてない。鼓動が早くなっていく。

「帰れないよ」
「……もし、帰れるのなら、一緒に帰ってくれますか?」
「駄目だよ」
「駄目だなんてわからないです。だって」
「……だって?」
「俺は今ここにいます。だからきっと帰ることだって出来る」
「……」
「貴方が俺を望んでくれたら、きっと俺は何だって出来る。貴方の為に。
 だから……」

 こんな時にこんな言い方は卑怯だ。そんなことはわかっている。
 貴方をこんな風に追い詰めて。でも貴方に俺を見て欲しい。
 貴方がもし俺を望んでくれるならきっと何でも出来るだろう。俺の持てるすべてで。
 でも貴方は本当は……、そう俺に誤解を許してしまうような貴方の表情。
 俺の言葉に、態度に確かに貴方の心は揺れている。

「好きだなんて言ったら」
「……」
「もう会えないのに好きだなんて思ったら」
「俺は今ここにいますよ」
「…………駄目だよ」
「駄目じゃないですよ」

 ああ、貴方は俺のことを想ってくれている。きっとそれは誤解じゃない。
 強情な貴方は口にはしてくれなかったけれど。
 俺の気持ちに応えてくれた。
 俺がくちづけたいと貴方を見つめたとき、そっと目を閉じてくれたから。


背景画像:空色地図

望美の気持ちは譲にはわかりません。わかることはきっとない。
だからこそ人を好きになるんでしょうか。【090924】

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