みせばや
−5−
鈴の音が響く。
痛いような、切ないような音で。
文献によれば、龍神の現れるところに鈴の音が響くという。
神子に声を届けるときにも鈴の音は響き、その音は神子にしか聞こえない。
望美が一瞬白龍とつながった時、鈴の音がと言っていたような気がした。
今自分が聞くことが出来るのは神域に近づいている証拠なのか。
「ここは」
静かに満ちた世界。
満ち足りたせいで何もない世界。
何もない。
鈴の音が響くばかり。
気配を辿ってここまで来た。
ずいぶん昇ったような気もするし、ずいぶん墜ちたような気もする。
「先輩はここにいるんだろうか」
貴方にただ会いたくてここまで来た。
貴方に会いたいから。貴方が俺に会いたいと願ってくれていると信じて。
なのに今俺は恐れている。貴方に会いたいのに。
会って確かめるのが怖いのか。
貴方が俺をどう思っているのか。それを確かめるのが怖いのか。
馬鹿だな。
ただ会いたいだけなのに。何故貴方に会うのが怖いのだろう。
「先輩」
でもどうしても貴方に会いたかった。
貴方を見たかった。貴方の声が聞きたかった。
貴方のいない世界は空っぽで何も感じられない。何一つ本当がない気がした。
貴方のいない世界には何もなくて。俺もいないような気がした。
確かに生きていた。呼吸をして、心臓は動くのを止めなかった。
でもそれだけだった。貴方を求めてさまようだけ。
貴方のいない場所で俺は生きてはいけない。
それを痛いほど感じる。
それは若さゆえの思い込みだと誰かが言った。
時間が悲しみをいつか癒し、他の女性を愛するようになると。
それはそうなのかもしれない。
でも春日望美という存在が全てだった。今は。
龍神の神子と八葉でもない、星の一族と神子でもない。
なんでもない。ただ最愛の女性として。
思い込みで何が悪い、全ての存在を懸けてでも護りたい何か。
それがあることは幸せではないのか。
外からどう見えてもかまわない。恋に狂った愚か者と罵られてもかまわない。
けれど、俺の全ては貴方のためにあった。今は。
「……先輩」
貴方が今何を思おうと、貴方に会いたい。
俺は貴方に会いたくてここまで来たのだから。
無価値な俺を貴方が見てくれるのかわからないけど。
貴方を心の全てで請う。
もしそれが叶わないならこの世界で散り散りに消えてしまうのもいいかもしれない。
でもあの時、確かに心が通じ合ったと思った。
時が経つうちにあれは幻であったのだと、都合よく俺が解釈した思い出の過ぎない気すらした。
でもあれが真実なら。俺が貴方に想われていたというなら。
その一縷の望み縋って俺はここまで来てしまった。
……俺は自分が嫌いだった。
でも貴方の為に頑張る俺は、少し好きなれた。貴方が喜んでくれたから。
俺は昔から感情を外に出すのが苦手だった。
色んな気持ちを隠していくうちうまく笑えなくなった。
おおらかな感情表現をする兄さんに埋もれて何もいえなかったせいもある。
あんなふうにうまく自分の気持ちを表せたらどんなにいいだろう。
そう思いながらどんどん自分の殻に閉じこもっていく頑固な俺になっていた。
兄さんとは違う道を行きたかった。兄さんのようにはなれないとわかっていたから。
だからおおらかで闊達な兄さんと正反対の、冷静で寡黙な俺を創っていったのかもしれない。
ポーカーフェイスばかりうまくなって、自分の気持ちに嘘ばかりついて。
人に合わせたほうがラクだからと、いつしか自分の意見を言えなくなっていた。
でも貴方は泣いたり、笑ったり、怒ったり、喜んだりうまく出来ない俺の気持ちを
いつも不思議に汲み取ってくれた。俺の気持ちを代弁してくれた。
どんなときでも貴方は自然で。偽りが無くて。嘘がつけなくて。
その時、その時を大事に、正直に生きてる。
生きることを精一杯楽しみ、人との出会いを大切にしている。
俺みたいに良い人ぶったりしないで、出来ないことは出来ないとハッキリ言える貴方。
出来ないことを俺みたいに恥ずかしがって隠したりしない。
そんな貴方だから誰もが手を差し伸べたくなる。
まるでひだまりのような貴方。
貴方のために何かしたかった。貴方に必要とされたかった。
貴方の傍に自然に存在するために貴方の便利な道具になりたかった。
貴方に似合う男にはなれないと思っていた。だから道具でも良かった。傍にいられれば。
笑顔を見たかった。喜ぶ顔が見たかった。困ったらいつでも助けになりたかった。
助けられる俺でいたかった。
兄さんのように、常に傍にいる理由が俺には見つけられない。
だから貴方の傍にいる理由が欲しかった。
貴方の気持ちなどきっと得られないと思い込んでいたから。
でも本当は違う。それは愛じゃない。
諦めていたから貴方の気持ちを考えようとしなかった。
知られるのが怖くて自分の気持ちに蓋をした。
だから伝わらないのは当たり前のことだったのに、それにすら焦れていた俺は、
ただ貴方に甘えていただけだった。
愛を請うには、どうしたらいいのか俺にはまだわからない。
こんな風に人を好きになったことは初めてで。うまく伝える術も知らなくて。
もしかしたら愛していると伝えることくらいなら出来るかもしれない。でもその後は?
愛して欲しいと懇願してもし、拒まれたらどうなるのだろう。
そればかり恐れて何もしてこなかった俺。
そんな俺に貴方は笑ってくれたのに。俺を救いたいと願ってくれたのに。
こんなくだらない俺を。
貴方が。
今でも信じられない。まったく実感がわかない。
こんな俺の何処を。……貴方は見る目がないと罵ってしまいそうだ。
でもそれでも、こんな俺を願ってくれるなら。
こんなちっぽけな俺でもいいと言ってくれるなら。
俺は貴方の傍にいよう。それがどんな場所であっても。
貴方のいる場所が俺の生きる世界なのだから。
不思議と心がきまったその時、花の香りがした気がした。
……振り向けば懐かしい貴方がいた。あの日と変わらぬ姿で。