みせばや




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 日に日に憔悴し、激高と落胆を繰り返す譲を
 星の一族の館の者たちは不思議そうな眼差しで遠巻きに眺める。

「譲様、何故そんなに落胆しておられるのですか?」

 菫姫の乳母を勤めたという女房が灯に油を足しに来たついでに尋ねた。
 この乳母は譲に菫姫の面影を感じて嬉しいと、譲がこうやって館に立ち寄る際には
 必ず面倒を見てくれていた。
 常に世話を焼いてくれるこの古参の女房に譲は親しみを感じていた。

「神子が龍神を呼んだ後どうなったか知りたいんだ」

 譲は文献に目を通すのを止め、女房に向き直る。
 女房はごく自然に疑問を返した。

「神子様が龍神をお呼びになり、龍神によって京は救われたのではないのですか?」
「それはわかっている」
「では何をお調べになっておられるのですか?こんなに根をつめて。お体に障りますよ」
「龍神が召喚された後、神子はどうなったのか知りたいんだ」
「神子は龍神に身を奉げて龍神の御許に召されたのではないのですか?」

 きょとんとした顔で返す女房に、譲は愕然とする。
 龍神の神子は龍神を呼び、京を救うのが当然であり、
 神子であるのだから龍神に召されるのも当たり前であるとそう京の人々が思っている……。
 少なくともこの星の一族の館にはそれを当然ととらえる空気があるということだ。
 つまり、今回の『望美の犠牲』も至極当然であるとでも言いたいのだろうか。
 自分達八葉と白龍の不甲斐無さが招いてしまったこの事態を。
 譲の瞳に剣呑な光が宿り女房はさらに不思議そうな顔をして続けた。

「神子様によってまた世界は救われました。譲様も立派に八葉としての責務を全うされて。
 全て終わってようございました。これから譲様はこの度のことを新しく記されるのですか?
 その為に学んでいらっしゃるのでしょう?本当にご立派ですわ」
「そんなんじゃない」

 ぼそりと呟いた譲にそれを謙遜ととったのか、にっこりと笑い立ち去った。
 あんなに優しい人なのに、譲の痛みはわからない。
 菫姫の乳母であると言っていた。
 ということは菫姫と歳の変わらない娘か息子がいるはずなのだ。
 菫姫が行方がわからなくなった時だれよりも悲しんだと言っていたのに、
 譲が何を悲しむのか心底わからないようだった。
 譲はため息をつく。
 望美のことを諦めたくはない。
 あの時、望美は自分を好きだと言ってくれた。
 あの瞬間確かに気持ちは通い合った筈なのだ。
 幻だったかもしれないとも思う。あの永遠のような一瞬。
 首の宝玉を通じて時々、望美の気配を感じることがあるのに。
 気配を辿って貴方のもとへ行けたらいいのに。
 一度辿れたならどんなことをしても貴方のもとへたどり着くのに。

 ……ああ。今夜も月が綺麗だ。
 冴え冴えとした満月が闇夜を照らす。この山深い館で見る月はいつ見ても冴え凍るようで。
 先ほどまでは恐ろしいほどの輝きを放っていた。
 今は不穏な雲に包まれて、それでも強い輝きを放つ。
 ふと昼間言われたことを思い出し、疲労感に襲われごろりと横になる。
 星の一族の当主となりこの館に住まって欲しいと言われたまではよかった。
 直系が途絶えた今、血を残したいと思う一族の願いは当然だろうと思ったから。
 景時に請われた仕事をしつつ、京とこの邸を行き来する生活。
 譲にとっては悪くない話だと思った。問題はその続きだ。

  『一族の娘を娶って、子を成せ』

 龍神に召され、神域に至った神子は還ることはない。
 待っていても無駄だからと。一族の娘のうち誰かを選んで娶れと。
 一見穏やかそうに見えた譲が激高した時、一族の皆は何故譲がそこまで怒りを見せたのか
 理解できないようだった。

  『龍神の神子が、異世界より呼ばれ、京を救い、天に召される』

 それは伝承に残る通りだから。
 むしろ召された神子に執着を見せる譲に、龍神の怒りを買う前に諦めろと諭すものまでいる。
 譲にとっての真実は

  『自分の最も愛する少女が、その意思も尊重されずに無理やりこの世界に飛ばされ、

 慣れない生活を強いられた上、戦場に出され、人殺しをされられ、
 何の係わり合いのない世界を救うために命を投げ出した』のだ。
 京を救い、天に召されるなどという綺麗な言葉で表せるものではなかった。
 貴方たちの娘がもし選ばれ、その運命を辿るとしたら貴方たちは平気なのか。
 そう返した譲への答えは

『龍神の神子は異世界より選ばれるものだから考える必要はない』

 というものだった。
 神域に至るのはこの上もない幸せ。不幸なことではないのだとそう信じているようだった。
 現代人である譲とは信仰心や価値観が違うのはあたりまえなのかもしれない。
 実際に龍神と行動を共にし、神子と生きてきた譲とはとらえ方が違って当然だ。
 けれど大切な存在を失う痛みは等しいものだろう。そう信じたかった。しかし、
 一人の命で全てが救われるのなら安いものではないか。
 そうぼそりと吐き捨てられたその台詞に、かっとなり締め上げ、押さえつけられ、
 冷静になれとこの部屋に押し込められた。
 もう一度、先代や先々代の星の一族が残した文献を見やる。

『龍神の神子によって京は救われました』

 どれもそれで締めくくられている。
 譲はがばり起き、ひとつひとつを並べてみる。
 これも、これも、これも……そしてこれも。

『龍神の神子によって京は救われました』

 何故この一文で全て終わっているのだろう。
 もしかしてこの一文で締めくくらなければならない事情でもあったのか。
 具体的にどうやって、とか結末はどう、とか。
 何か『後世に残せない理由があった』としか思えないような符合。
 書かれなかったものにこそ真実があるのかもしれない。
 実際に神子に仕えた一族にしかわからない真実を伏せて、
 ただ救われましたとしか書けなかった事情が。
 可能性は残されている、と感じた。
 何故ならまだ龍の宝玉はひとつに戻っていない。
 八葉の体に宿ったままだ。
 自分の首筋に残る宝玉を指で確かめる。
 この役目を終えていないとばかりに熱を帯びる宝玉こそが、
 望美の存在が消えていない証であるような気がした。


背景画像:空色地図

星の一族好きな人には大変申し訳ない展開になりました。(平伏)
龍神を信じていないのではなく、信じているがゆえに疑っていない状態なので
むしろ譲が異端なんだと思います。ええ……。望美が帰ってこなければ一族の誰かをあてがわれ
星の一族の血を残す道具にされた可能性ってあると思うんですよね。
(そんなのネオロマじゃないですが)【090911】

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