みせばや




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 この場合何に祈ればいいのだろう。譲は自嘲した。
 普通困ったことや、願いがある場合は神に祈る。
 神に祈りは届いているのかそうでないのか、それは神にしかわからない。
 神と言葉を交わせぬ限り、それがわかることはない。
 だから人は神に祈ることが出来るのかもしれない。
 届いているのかはわからなくても、届いていないということもわからないから。
 祈ることで何かを引き寄せることが出来るのかもしれない。

 神に直接祈りを届けられる存在を神子、もしくは巫女という。
 神子は神に奉げられた存在である。そう言っても差し支えはないだろう。
 奉げられたのか、奉げたのか。本人の気持ちの差はあるだろうけれど。
 神に奉げられ、神と連なり、神と言葉や意思を交わす。
 神の言葉を人々に伝え、人々の祈りを神に届ける。
 時に神に命を差し出して、人々の願いの礎となることもある。
 生贄とでも言うべきだろうか。
 そうやって奉げられたとされる命はいったい何処へ行くのだろう。
 本当に神の元へと行くのだろうか。
 それともただ散る命と変わらぬ道をゆくのだろうか。
 それも誰にもわかりはしない。
 そう思っていた。

 あの瞬間が訪れるまでは。

 龍神の神子とはなんだったのだろう。
 八卦を司る守人に守護されし神子。
 巫女ではなく、神子なのは神に愛され選ばれた神の子であるからか。
 修練を積み、潔斎をし、社にこもる巫女を選ばず何故龍神は『神子』を選ぶのだろう。
 異世界の、何も知らない、何の関係も見出せない少女を。
 何の理にも関わらず、何も知らない、価値観の異なる少女だからこそ、
 その世界の歪みを正すことが出来るとでもいうのだろうか。
 数少ない文献に残された記録を辿れば、百年前の神子も、そのさらに百年前の神子も
 望美と同じように異世界……おそらく現代から時を超えて飛ばされてきた異邦人。
 何故現代から神子は選ばれるのだろう。
 それこそ誰にもわからない。

 だからこそ強い怒りを感じる。
 この世界に関係のない存在だからこそ、奉げられることに何の疑問も抱かない人々がいることに。
 この世界が痛みを感じないように、外から選ばれた命が奉げられているのだとしたら。
 あの日望美は確かにその身を龍神に奉げ、この世界を救った。
 譲の為に世界を救いたいと、とても綺麗な笑顔で龍神に願いを告げ。龍神はその願いを叶えた。
 譲の目前で望美は天へ召されてしまった。
 あの時、一人で残されてしまったのだ。
 この世界で生きていくしかない。
 命を絶って望美の元へ行こうと思ったことは数知れない。
 諦めたわけではない。でもどこかで知っていた。

 今、望美がこの世界にいないこと。

 死んでしまってはいないのも感じていた。
 何故かわかった。
 時々ふと感じる彼女の気配の残り香のようなものがふわふわと風の間に漂っていたから。
 戦の終わりとともに春が来て。花の香りの中に貴方の面影を感じてふと立ち止まる。
 舞い落ちる桜の花びらに、貴方の風に揺れた長い髪の幻想を幾度見たことだろう。
 萌え出でる若葉に貴方の眩しかった笑顔を思い出す。
 だから死んでも望美の元へはたどり着けないことは知っていた。
 いつか帰ってきてくれるのだろうか。
 自分ばかりが歳をとり、彼女が若いままで帰ってきたとしても。
 自分が魂の抜け殻のように成り果てていても。
 彼女を探し、求め、待ち続ける。そう心に決めていた。でなければ生きて行けなった。
 いつか白龍が言っていたように龍脈を辿る力が自分にもしあるのなら。
 それを辿って望美に会いにいけるかもしれない。
 そんな一縷の願いにすがって、どこかぼんやりと日々を過ごしていた。
 望美がいない、望美が護ったこの世界は今日も美しい。
 でも肝心の望美がいない。
 美しいとは思いつつも、匂いも色も温度も感じられない。
 ただ望美の気配を辿り、かつて通った思い出の道を望美を求めて歩いた。
 探し回らなければ、立っていることも難しかったから。
 思い立っては旅に出て、そして落胆を繰り返す日々。
 星の一族の館に篭り、古い文献に洗いざらい目を通した。
 しかし全て終わりはこう書かれていた。

 龍神の神子によって京は救われました、と。

 書かれていたのは、それだけ。
 彼女達がその後どうなったのかは書かれていない。
 帰ったとも、還ったとも、天に召された、とも。
 ただ龍神を召喚し、京を救ったとしか書かれていない。
 たった百年前のことなのに。
 戦乱が続いたせいで文献が失われたとでもいうのだろうか。
 ただ、彼女達が幸せになったと一言でも書き添えてあれば少しは安堵できたのに。
 おとぎばなしの最後の決まり文句。
 めでたし、めでたしとでもあったなら。


背景画像:空色地図

十六夜ED……。望美を求める譲の話、です。
星の一族好きな人には申し訳ない展開になります。
藤姫ちゃんも紫姫も深苑もみんな好きですよー!(ああ、あと某眼帯の人も・笑)【090910】

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