みせばや
−6ー
貴方は背を向けたまま俺に振り向いてくれない。
近づこうとするのに近づけない。
それは心の距離なのか。俺は踏み出しているつもりでまだ一歩も踏み出せていないのか。
棒立ちになったまま動かない足に苛立つけれど、それは一向に踏み出せない自分のせい。
貴方に振り向いて欲しくて、貴方に俺を見て欲しくてここに来た。
「先輩」
貴方に触れたい。抱きしめたい。そう願うのに、……触れるのが怖い。
手を伸ばせば触れられそうなぎりぎりの距離なのに。
このまま手を伸ばして触れたとき、貴方が俺を拒んで霧散したらとでも思うと。
貴方が俺の方を向いてくれないのは、ここまで来てしまった俺に怒っているのか拒んでいるのか。
確かにあの時、貴方の声がした。
でも貴方は俺を呼んだわけではなかったのか。
じとり、嫌な汗が手に滲む。
そう信じた俺が勝手にここまで来てしまった。
でも貴方の面影は確かに俺をここまで招いた。それが錯覚でないのなら。
貴方に振り向いてほしい。それはいつもどおりの俺の願い。
……何だ、何も変わらないじゃないか。自嘲してみても何も始まらない。
今まで踏み出せなかった俺の一歩を、今、踏み出す。
『貴方に会いたかった』
声が可笑しいほど震える、掠れる。息が続かない。
貴方に声を届けたいと意識すればするほど声が出ない。
どうやって声を出していたのか思い出せないほど俺は、……緊張している?
貴方を『先輩』なんて呼んで、貴方の名前すら口に出せない。
手が伸ばせなくて、声が出なかったら、貴方にどうやって伝えられる?
貴方にどうやって伝えたらいい?俺はここにいて、……貴方が好きだと。
震える自分が、いつのまにか貴方を見ていないことに気付く。
目をそむけ、貴方の背中すら視界に入れることが出来ないなんて矮小な俺。
貴方を見ているつもりで、貴方を真っ直ぐに見つめられなかった自分にようやく気付く。
いつも貴方を見つめていた。
それは貴方が俺を見ていない時だけ。視線を交わすのが怖かった。
貴方の瞳をまっすぐ見れたことなんて、今まで無かったと気付く。
貴方を『のぞみちゃん』とただ慕っていた頃は貴方と目をあわせて話す事が嬉しかった。
それがいつしか恐れにかわった。多分貴方を『先輩』と呼んだその時から。
何もかも見透かしてしまうような貴方の目。
その瞳に自分がどう映っているのか考えるのが怖かった。
手を伸ばすことも、声を出すことも出来なくて、見つめることもできないのなら。
貴方に何も伝えることなんて出来ないのは当たり前だ。
心で呼びかければ届くなんて、ない。そんな都合のいいことはない。
だから貴方を見つめたい。まっすぐに。
そして貴方の名前を呼びたい。
もし、貴方が俺に触れることを赦してくれるなら、貴方に触れたい。
貴方が望んでくれるなら傍にいたい。
俺は背けてしまった目をこらして、もう一度貴方の姿を探す。
何故だろう、視界が歪んでよく前が見えない……気がつけば俺は涙を流していた。
泣いていることすら気がつかないほど、俺は精一杯で。
頬を伝う涙を俺は自分でぬぐうことすら出来ない。
貴方はまだ背中を向けているのか。狭い視界の中、貴方の姿を探す。
貴方は気がつけば目前にいた。貴方は立ち尽くす俺をまっすぐ見つめて、
凍りついたように動けないくせに、あふれ出て止まらない俺の涙をぬぐってくれた。
その暖かい手のひらで。
貴方が俺だけを見つめてくれている。
まっすぐに。俺だけを。
ずっと貴方を見たかった。俺の心は喜びに震える。久しぶりの貴方の姿に。
貴方が触れてくれるその手のひらのぬくもりに心から貴方に焦がれる。
貴方を好きだ。心から理解する。
その貴方が目前で俺だけを視界に入れてくれている。
俺は渾身の力を振り絞り貴方の瞳を見つめた。
止まらない俺の涙に貴方は困ったように笑った。
「貴方が、好きです」
ずっと見たかった貴方の笑顔に堪らなくなり、気がつけばうわ言の様に口にしていた。
とても小さな声だったけれど。
貴方は俺の掠れた声にならないような声を洩らさずに聞きとどけてくれた。
貴方の手が俺の髪を撫でる。
俺はふいに思い出した。
小さかった頃、泣き出した俺を撫でてくれた貴方の暖かい手のひらを。
ずっと貴方が欲しかった。このぬくもりが。
もしこれが俺のものになるのなら。もう、手放したくない。
俺はおずおずと手を伸ばし、貴方に触れる。
貴方は拒まなかったので、貴方をこの腕に閉じ込めた。
強く。