飛雲
−9−
雪が降り出した。
鮮やかな紅葉をおおいつくし秋を冬の色に染めていく。
長すぎた秋が今まさに終わる。季節の変わり目など普段はっきり見えることはない。
本来なら見えないうちにゆるやかにかわっていくもの。
それが目に見えるということが、かの神子の望みによって留め置かれた時が流れていく証。
京を覆った結界が綻んだ証。……貴方が奔走した成果。
かの神子は言った。花梨のせいで京が危機に瀕すると。
その言葉の意味を考えるふりをして、幸鷹は目の前の光景をやり過ごそうとする。
降り出した雪は貴方の頬を掠めた。
貴方には雪が似合うな、そう思う。
貴方は寒さに頬を染める。
その華奢な指先も寒さに赤くなる。
仕方ねえなと笑いイサトが手をとり暖めてやっている。
……貴方を暖めてあげたい。そう私も願うのに。
私が触れれば痛みが走る。そしてそれを見る貴方の心にも同様に。
私が見れば、貴方は照れたように笑った。
私の視線の意味など、貴方にはわからなければいい。
私は貴方から目をそらす。
貴方を暖めてあげることすら私には出来ない。
そしてそれを咎める権利さえ、私にはない。
少年がその手で少女を暖める。一見微笑ましい光景。
その少年がどれほどの気持ちで少女を見つめているのか知らなければ
心が暖まるような光景だろう。
少女は、少年の気持ちを知っているのか。それとも……。
ああ、…………考えても仕方がない。
自分が出来るのは早く風邪をひかせないようにと帰還を促すことだけ。
恋する少年に対する無粋な振る舞い。
そ知らぬ顔で、生真面目な年長の堅物を演じることしか私には出来ない。
イサトが貴方に馬を引く。
貴方はイサトと共に馬に乗る。
貴方は一瞬私を見たけれど、走り出した馬に驚き、そのまま前を向いた。
私はひとり馬に乗る。
せめてしっかり案内をして二人を路になど迷わせぬように。
これ以上、共にいる時間など与えてやるつもりもない。
存外心が狭いな、そんな自分を苦笑いしてみても仕方がない。
これは、嫉妬だ。この苦々しい思いは。
貴方の力になりきれない自分への失望と、他の男の手をとる貴方への失望。
ああ、貴方は何も悪くはない……わかってはいるのに面白くない。
そしてふと思い至る。
……真実を取り戻せば貴方に触れることは叶うのだろうか。
自分がどう変わってしまうのかしか、今まで考えたことはなかった。
真実を取り戻せば。貴方に触れることが出来るのだろうか。
この耐え難い痛みが走ることがなくなるのだろうか。
八葉としての全き自分を取り戻したい。
八葉として何の恥じるもののない自分を。
でなければ並み居る者たちに埋もれ、貴方に忘れ去られてしまうだろう。
何も出来ぬまま、貴方によって救われていく京をただ眺め行くだけになってしまうだろう。
私も、貴方の為に、京の為に尽くしたい。
……貴方の為にという言葉が先に浮かんでしまった自分に驚く。
京の為に、ではないのか。
ずっと京の為に尽くしてきた。それが、変わってしまったのか。
真実を取り戻すも何もない。
いつのまにか私自身が変わっていたことに気付く。
……恐れている暇などないのかもしれないな。
自嘲すると幸鷹は、雪にはしゃぐイサトと花梨を横目に馬に鞭を入れた。
急がないと日が暮れますよ。
そう、冷ややかに言い放った私を貴方は驚いたように見つめた。
けれど、ただ急ごうと声をかけただけなのだと思い直したのか、
貴方はまた前を見つめる。
速度を増した馬に必死でつかまるのに貴方は精一杯で。
イサトと話をする余裕はなくなった。
別に、貴方がたの邪魔をしたいわけではない。
この煩わしい時間が早く終わってしまえばいいとそう苛立つ私の心の内など
貴方にはわかりはしない。
貴方がたが思うほど私は達観した大人などではない。
貴方は私を大人だからと憧憬の眼差しで見つめたこともあったけれど、
……その期待に応えてあげられる余裕などひとかけらもなかった。
その後暫く仕事を理由に四条の館への伺候を止めていた。
貴方の顔を見る余裕はない。
貴方が他の供をつれていく姿を、そして落胆する他の八葉を見たくはない。
師走に入り、忙しくなったのは本当だった。
けれど行けないということはない。
自分で貴方に会う機会を無くしている、そうは思うけれど。
あの八葉の詰め所に行く事が気詰まりだった。
真実を取り戻したい。
その気持ちは高まってもなかなか貴方には言い出せなかった。
仕事に励んだふりをしながらどこか上の空の私を、検非違使の者達は苦笑いして見やる。
会いたいのなら会いに行けばいい。
会えないのなら文を送ればいい。
そんな目線が飛び交う。けれどどんな文を書いたらいい。
私自身なにを伝えたいのかもわからないのに。
そんな折貴方から物忌みの誘いの文が届く。
いつものように文遣いはその場で待っている。
浮き立つ気持ちを抑え、文を開く。見慣れた手は紫姫のもの。
少し幼さもあるけれど素直な性根そのままにのびやかな文字を書く。
花梨はどんな字を書くのだろう。
少し興味はあるけれど読めたものではないからといつか彼女は笑った。
誘いを断る理由はない。
彼女は今回も自分を選んでくれた。そのことが気分を浮き立たせる。
返事を返さなければならない。……普段使わないあの紙を使ってみようか。
この紙にのせて貴方に気持ちが届けばいい、そう願って。