飛雲
−14−
北の結界を祓った時出会った、千歳の瞳は絶望に満ちていた。
一緒にいた深苑くんも。
そんな瞳をしているから悪いほうへ引っ張られてしまうんだよ。
千歳に教えてあげたかったけれど、千歳はきっと理解できないだろう。
アクラムの言葉を信じれば、明日神泉苑で百鬼夜行と戦うことになる。
京の空に嫌な気が満ちている。
大丈夫なのかな。
人の手では百鬼夜行を祓うことはできない。
龍神様を呼ばなければ、無理だとアクラムは言った。
わたしは龍神様を呼べるのだろうか。
翡翠さんは龍神様の話をするといい顔をしない。
あの物忌みの日に何があったんだろう。
でも全てが滅びるなんて信じられない。でもこの京を覆う絶望の気はわたしにのしかかってくる。
信じないわけにはいかなった。
わたしが、もし上手く龍神様を呼べなかったら京は滅びてしまうの?
全てを飲み込んで?
……幸鷹さんも?幸鷹さんが護りたい京も?
八葉の皆に紫姫。この短い時間だけど、いろんな人に出会い助けられてきた。
その人達を護りたい。
わたしが護れるなら、きっと護る。
でも龍神様を呼んでしまったら、わたしはいったいどうなるんだろう?
そのまま現代に帰されてしまうことだってあるかもしれない。
貴方への手紙をまだ書き終えていない。
筆も、墨もうまく扱えない。
ふと思い出してわたしはスカートのポケットを探った。
そこにはボールペンと折りたたまれたルーズリーフ。
あの日学校帰りにおかあさんに頼まれた買い物リストが書かれていた。
慎重に半分に切る。
これならきっと貴方に手紙を書けるね。
筆や墨で書くのは無理でも。うまく和歌を詠めなくても。
貴方に最後のお別れの言葉を書ける。
わたしと貴方に相応しい形で。
とりあえず、ありがとうとさよならはちゃんと伝えたい。
それと大好き。
今でも貴方が好きだよ。幸鷹さん。
ちゃんとそれだけは貴方に伝えたい。
貴方に渡せるのかな。
きっと貴方は明日は来てくれる。貴方はそういう人だから。
最後に穏やかに笑って八葉としての勤めを果たしきってくれるんでしょう?
わたしも貴方が望む神子になるよ。
きちんと龍神様を呼んで、わたしは龍神の神子になる。
四条の館より使者が来た。
明日は決戦になると書かれていた。
決戦……龍神を呼んで京の浄化を行うのではなかったのか。
久しく四条の館を訪れていないうちに自分が状況に疎くなってしまったことに腹を立て、
そしてやめた。
どんな状況になっても。貴方を護る。何からも。
百鬼夜行だろうと、アクラム……という男からも。
貴方に贈った扇の礼の文は紫姫から来た。
貴方の書いた文を見れるかと心待ちにしてしまった自分に嫌気がさす。
とうとう貴方はどんな文を書かれるのかわからないまま最後の日を迎えてしまった。
一度くらい見てみたかった。
ただ一通でもあったならそれを胸に生きていくことも出来るだろう。
貴方の形見に。
貴方に何も残すことが出来ないのが嫌で。貴方に扇を贈った。
貴方が私を厭ってその扇を打ち捨ててくれてもかまわないそう思って。
神子殿。
貴方を思う資格はきっと私にはありませんでした。
誰を貴方が選ぶにしてもきっと貴方を無事に現代へおかえしします。
初めて貴方と会った日に誓った私の決意をかえずに。
貴方にふさわしい八葉でありたい。
貴方の信頼に足る八葉に。
今は、それ以上を望んではならない。そう思うのに。
貴方の面影は私を苦しめる。
貴方は明日私を見て下さるのか。
目をそらしたり、顔を背けたり、いない者のように扱われたりするのだろうか。
それでもいい。
明日貴方に久方ぶりに会いに行きます。
笑顔で貴方をお見送りする為に。