飛雲
−17−
初めて京に飛ばされた時のような浮遊感の中、龍神様の声が聞こえる。
わたしにいつも語りかけてくれた声と、もうひとつの声。
それはきっと千歳の龍神様の声。
ふたつに分かれていたのは京だけじゃなかったんだ。
それが皆の願いどおりまたひとつにもどったんだね。
感謝するって応龍は言っていたけれど、わたしだけの力じゃないよ。
京を救いたいっていう皆の願いがひとつになったから、
きっとひとつになったんだと思う。わたしはきっとそれを少し手伝っただけ。
そう言ったら謙虚だな、と笑われてしまった。
わたしはわたしに出来ることを精一杯頑張った。
立派に神子として勤めは果たしたと思う。
幸鷹さんが誇れるような神子に。
幸鷹さん最後に悲しそうな顔をしていた。
悲しませたくなんかなかった。
でも。
貴方の願いは叶った?わたしは精一杯頑張ったよ。
龍神様はわたしの願いをみっつ叶えてくれると言った。
ひとつは京の平和を。
そして京以外にも龍神様の加護を。
あとひとつ、あとひとつは……?
黙ってしまったわたしに龍神様は問いかける。
汝の行きたい場所へ、汝のしたいことを全て叶えよう、と。
わたしは何を望んでいる?
幸鷹さんはわたしにひとりで帰れって言った。
わたしが幸鷹さんの傍にいることはあの人にとって迷惑なのかもしれない。
でも、わたしは貴方の傍にいたい。
貴方にわたしの気持ちは何一つ伝えられていない。
水干の袖を探る。…………あれ?ない。
昨日必死で書いたあの紙が。
何処へいってしまったんだろう。どこかで落としてしまったのかな。
何ひとつ幸鷹さんに伝えられないままでわたしは現代に帰るのかな。
そんなのは嫌だ。
諦めたくなんか、ない。
ちゃんと話をしたい。
そうでなければ諦めたりなんか、できない。
そのとき何処からか幸鷹さんの声が聞こえた。
聞こえた、と思った。
貴方がわたしを呼ぶ声を。
いつものように神子殿、ではなく花梨、と。
はっとなったわたしを龍神様はふっと笑った気がした。
そなたの願いを叶えよう。息災で……我が神子。
そう声が響くとわたしは光に包まれた。
目を開けるとそこは京の上空で。空を埋め尽くすような金色の龍が見えた。
ああ、これが龍神様。
なんて美しいんだろう。
そのまばゆい輝きで、京をそして京だけでなく人々を護って。
龍神は少し頷くと天高く上っていった。
冬の冴えた空を。
ああ、あの池がきっと神泉苑。
あそこに幸鷹さんがいる。
目を凝らせば、懐かしいあの鮮やかな青い袍が見えた。
ふわりふわりと落ちていく。
京を一望しながら。皆で護った京。大好きな人たちが暮らす街。
貴方は手を広げてわたしを呼んだ。
聞き間違いじゃなかったんだ。
安堵に包まれた途端、消えていた重さが戻ったのか急にがくんと落ちる勢いが増した。
貴方は少し慌てたけれど、わたしをしっかりと抱きとめてくれた。
なつかしい貴方の侍従の薫り。抱きしめる腕の強さ。あの日の記憶が蘇る。
わたしは帰ってきたんだね。貴方のもとに。
幸鷹さんはわたしをしっかりと受け止めてくれた。
その手にはあのルーズリーフの切れ端。
ああ、幸鷹さんはそれをみてしまったんだね。
わたしの気持ちはつたわったのかな。
わたしを一瞬強く抱きしめて、そして幸鷹さんは言った。
「私と共に生きて下さい」
と。