飛雲




  −5−


 院の呪詛に使われていた猪霊を何とか鎮め、院への呪詛を解除することができた。
 自分でも半信半疑だったけれど、まずはひとつやり遂げることができた。

「神子殿」

 優しくそう幸鷹が花梨を呼んだ時、花梨はやっと自分が認められた気がした。
 この世界にようやく居場所が出来たと思った。
 もし自分が皆が言うように龍神の神子ではなかったら。
 いつかこの館を出ていかなければいけない日が来るのだろうか。
 紫姫の純粋な憧れを砕きたくない。
 ……自分はここにいてもいいと、誰かに言って欲しかった。
 『神子殿』そう言われても自分でもピンと来ない。
 けれど幸鷹は信頼している、とその声音で伝えてくれた。
 もし自分が龍神の神子ではないとわかって四条の館にいられなくなったらどうしようと
 冗談半分でもらした幸鷹にもらしたことがあった。
 幸鷹は少し考えて、今兄の家で同居させてもらい手狭なので自分の邸をそろそろ構えようと思っているから
 そこでよければ身を寄せればいいと言ってくれた。
 それは単純に同情だったのだけれど、幸鷹がそう言ってくれたことは嬉しかった。
 そんな話をしたこともあったけれど。
 神子である、と信頼を得て、四条の館に安心して落ち着けるようになってほっとした。
 一番辛かったのは神子であれ、と言われているのに神子でないと言われることだったから。
 だったらいったいどうしたらいいんだろう。
 そう思っても花梨自身どうしていいのかわからない。
 とりあえず院への呪詛を解くこと。それで認められることを目標にしてそれを達成した。
 また新しい目標を指針にして頑張っていけば道が開けていく。
 そう信じられるようになって花梨自身希望が湧いてくるのを感じていた。

「神子殿」

 そう呼んだ時はにかむように微笑んだ花梨を一生幸鷹は忘れられないだろうと思った。
 よく頑張った。
 誰もが半信半疑の中よくこのばらばらだった皆の気持ちを集め、院への呪詛を祓ってくれた。
 よく挫けずここまで。
 荒れた京が蘇っていく。まだ初手に過ぎないけれど、手ごたえを得られて嬉しかった。
 京を覆うこの無気力の霧、不条理の連鎖、……末法思想。
 それを少しずつ取り払いかつての賑わいと平和を取り戻したい。
 人による罪であるならば、いかようにだって裁ける幸鷹にとって、京の怪異は歯がゆかった。
 確かにそこにあるのに、対処しきれない。
 自分が力を振るって、京の異常を祓ってゆくのは痛快だった。
 勿論自分が万能なわけではないけれど。けれど自分にも対処できる術があるのは嬉しい。
 治安はみるみる良くなっていく。明るい顔をする人々も少しずつ増えていくだろう。
 神子殿となら、きっと京を救うことだって出来るはずだ。
 そう思えることが嬉しかった。
 『神子殿』口の中で呟く。
 その言葉は、どこに甘やかな響きをもって心に響く。
 けれどそれが何を意味するのか幸鷹は追求することはなかった。

「よろしいか」

 二人で話していた部屋にずかずかと深苑が踏み入る。
 地の四神が訪れているぞ。そう言うと四人の男達が部屋へ入ってくる。
 ……翡翠。
 自分が多分この世で一番会いたくない相手。
 いつまでたっても彼にかなうことはない。そんな敗北感を味合わせる相手。
 苦い気持ちを押し隠し、私はこれで、と幸鷹はその場を辞した。
 帝の側の勢力についていると目される彼らが花梨の元へ訪れるとしたら、
 それは理由はひとつ。
 ……花梨の龍神の神子としての力を必要としている、ということだろう。
 かつて彼らは花梨が八葉を探していたとき、にべもなく断ったものたちだった。
 今更。
 花梨が力を見せたから現れるのか。
 京の人間というのはどこか力に弱い。……いや欲に弱いのか。
 権力欲、支配欲、庇護欲、保護欲、自己顕示欲。
 ふと冷静に自分を省みる。
 これは嫉妬だろうか。
 折角信頼関係を結び、これからというところであの男達にさらわれてしまうような
 そんな気がするからだろうか。
 くだらない、そう思ってみてもどこか面白くないのは確かだった。
 天の四神と目された自分達も個性の強いものたちばかりであったけれど、
 地の四神も同じようなものだ。
 また花梨は苦労をしていくのか。
 支えてやりたいとは思うけれど、帝の勢力の支配する土地で自分に何が出来るのだろうか。
 幸鷹は振り返って花梨の居室を眺めやった。

 幸鷹がその場を辞したとき花梨は思わず行かないでと言ってしまいそうだった。
 幸鷹には幸鷹の立場がある。無理強いは出来ない。
 幸鷹と……翡翠といっただろうか髪の長い男性は仲が特に険悪で、
 彼に会った時、あの温和な幸鷹が別人のように荒れているのを見て驚いたことを覚えている。
 一番最初に石原の里で自分に無体を強いろうとした翡翠が少し怖い気持ちがある。
 もし彼に連れて行かれていたら今はいったいどうなっていたのだろう。
 でもこうやって来てくれたのだ。彼らは。
 自分の力を評価して。
 ……力を評価してくれるまでは来てくれなかったのに。その言葉をぐっと飲み込む。
 彼らもどうしたらいいのかいまいちわかっていないようだから。
 自分がやっぱり歩みよるしかないのだろう。
 天の四神たちとはうまくやれるようになってきたのだ。
 もう一度、頑張ればいい。
 八葉は八人揃わないと意味がない、深苑の言葉を反芻する。

「来てくれてありがとうございます。嬉しいです」

 笑顔でとりあえずそう言ったことで空気が和らぐ。
 何とかやっていこう。いけるはずだ。
 いつまでも幸鷹ばかりに頼っていてはいけない。
 あの人にだって大事な役目があるのだから。


背景画像:【てにをは】

遙か2で一番好きなイベントが神子殿!ってよばれるあれです。
ものっすごく感動しました。
何度もプレイしているのに大半呼んでもらったのは幸鷹さんなのはまあ仕方ないですね!【091014】
お気に召していただけたらぽちっとして頂けると幸いです