Back on my feet

You're bringing me down on my knees



  −7ー


 髪をやさしくすくように、あやすように貴方の手は俺を抱きしめる。
 安堵感の中、俺は言えなかった言葉をぽつりぽつりと口にしていた。
 決められない進路のこと、両親とのわだかまりのこと、貴方のこと、
 あの世界の思い出と兄さんのこと。そして夢のこと。
 口にするたび、不思議と不安は空気に溶けて消えていった。
 貴方が怨霊を浄化するみたいに、不安も空気に溶けていくんだろうか。
 怨霊も生き物の思念が凝り固まった存在だったのだから、不安も本質的にはそう違うものでもない。
 何も問題の根本は解決はしていないけれど、解決できないことでもないと不思議に思えた。

「……夢、また見てたんだね」
「はい」
「わたしといっしょにいる限り、譲くんはそんな夢を見続けるのかな」
「これは、俺の問題ですから」
「……ううん、わたしの問題でもあるんだよ。わたしが譲くんを不安にさせたから
 譲くんはそんな夢を見たんだから」
「俺が自信を持てれば、自然と見なくなるんだと思います」
「譲くんにどうしたら、自信をあげられるの?」

 貴方は腕をほどいて俺の顔を見た。
 俺の願いは伝わってしまったんだろう。
 そむけた貴方の頬は耳まで紅く染まっていたから。

「貴方は誕生日に俺が何が欲しいかって言ってましたよね」
「……うん」
「俺が欲しいものはお金では絶対に買えないものなんですけど、それじゃあダメですか」
「それって今じゃないとダメなの?」
「いつだって俺が欲しいものはひとつだけですから」

 貴方は躊躇いがちだったけれど、こっくりと頷いてくれたので、
 俺は立ち上がり、貴方に手を差し伸べた。
 貴方は俯いたままだったけれど、俺の手をしっかりと握ってくれた。




















 隣に眠る貴方を幸福な気持ちで眺めていた。
 今までだって貴方を好きだと、これ以上に好きになれないだろうと思っていた。
 けれどこの温もりが愛おしい。昨晩うわごとのように貴方の名前と、その言葉を口にしていた。
 溢れてくる思いが、自然と口から溢れ出た。
 貴方に無理をさせているという罪悪感も、結局はその行為の燃料になっていき、
 必死に俺に応えようとしてくれた貴方が本当に可愛いかった。
 もうすぐ夜が明ける。
 たいして眠っていないのに、生まれ変わったような気がした。
 我ながら単純だと苦笑いする。
 でも本当に一番に望むものを手に入れられる人間なんてどれ程いるんだろう。
 望むものを手に入れた時、生まれ変われないはずなんて無い。
 手に入れる前と、入れた後ではまったく変わってしまうのだから。
 貴方が本当に俺の『もの』だなんて思っていない。
 でもお互いがお互いのものになりたいと願うどこか滑稽で切ない想いが、愛おしい。
 触れ合っている時間くらいお互いがお互いのものになれたらいいのに。
 そう願うから、人は触れ合わずにはいられないんだろうか。
 いつになく穏やかな気持ちで貴方の髪を撫で、喉が渇いてベッドから立ち上がる。
 階段を降り、玄関を見れば昨日買ったルーズリーフとコーラがそのまま放り投げられていた。
 ……あの時はあんなに余裕がなかったのにな。
 たった数時間でこんなにも変わってしまうことに驚く。
 やっぱり貴方にはかなわない。
 貴方はただそこにいるだけで俺を圧倒する。俺は貴方には絶対に敵いっこない。
 苦笑いしてコーラを開けて一口飲み干す。

「温いな」

 温いコーラなんて飲めたもんじゃない。
 俺は氷をグラスに詰めて、自分の部屋に戻った。
 眠る貴方を見ながらコーラを飲んでいたら貴方が目を覚ました。
 一瞬ここはどこだっけ?という顔をしてそういえばそうだったという納得までが
 全部顔に浮かんだのでおかしかった。

「ゆずるくん?」

 半分寝ぼけていても、気恥ずかしいのかタオルケットにぐるぐるにくるまって
 貴方は身を起こした。

「何飲んでるの?」
「コーラですけど」
「わたしものみたい」

 グラスを差し出すと貴方はごくごくとおいしそうに飲み干した。

「今、何時?」
「4時半ですよ」
「朝焼け、綺麗だね」

 空の色が変わっていく。
 青い輪郭に沈んでいた部屋の中に色が蘇っていく。
 俺はあわてる貴方を抱きこむと、幸せな気持ちで眠りについた。


背景画像:空色地図

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