Back on my feet

You're bringing me down on my knees



  −5ー


 朝早くにこやかに出発した両親を見送り、俺は久々に庭の手入れをした。
 昨晩も良く眠れなかったから気持ちが悪い。
 何故そんな夢を今更見るんだろう。
 ここはもうあの世界ではなく、貴方も龍神の神子ではないのに。
 その夢の共通項は……貴方を失いたくないという、俺の不安。
 もしかして星の一族の力が具現化しているのは、俺の不安なんだろうか。
 俺が抱える不安が、貴方への想いが未来を夢に映させる力の源になっていたのだろうか。
 つまり俺が不安を抱えている限り、何らかの形で夢は祟り続けるのだろうか。
 ……結局あの悪夢ですら自分が死ぬよりも貴方を失う方が怖かった。
 貴方を失うのが自分が死ぬことよりも怖いなんて行き過ぎている。
 顔を覆って笑ってみてもそれが自分の歪な愛情の形だった。
 今度は俺は間に合うんだろうか。
 あの屋島の夢が途中で変わったのは俺が貴方を救いたいと精一杯手を伸ばしたから。
 躊躇っている余裕は、ないのかもしれない。
 見得も何もかも振り捨ててもう一度貴方を捕まえなければ貴方を失うんだろうか。
 そこまで考えていたら、日差しにあたったのか眩暈がして家に入る。
 麦茶を一息に飲み干し、ソファに横になった途端、意識を失うように眠り込んだ。

 起きたらもう夜だった。ひとりでなんとなく適当に夕飯もすませる。
 テレビはチャンネルを一巡させてみても見たいものが見つからずに消した。
 図書館で借りてきた本もみんな読んでしまったので、時間を持て余し勉強をすることにした。
 向かいの窓には今日もまだ明かりが無い。
 そんなに見なければ気にならないかもしれないと思ってもふと顔をあげて見てしまう。
 携帯電話のモニターを見れば、23時。俺の誕生日まであと一時間。
 貴方からメールくらいは来るだろうか。
 そんなことを考えているうちにルーズリーフの残りが心許なくなっているのに気付く。
 もう夜も遅い。
 明日の朝でもいいかと迷っているうちに、夕飯が少し塩辛かったのか妙に喉が渇く。
 普段はそんなに飲みたいと思わないのにコーラがどうしても飲みたくなった。
 こんなもやもやした気分を炭酸で誤魔化したかったのかもしれない。
 俺は財布を掴み、戸締りをすると自転車に乗って夜の街へ走り出した。
 時計を見れば、23時30分。
 貴方からの着信を期待して、コンビニに着いた時確認する。
 メールも着信もなし。
 ため息をついて、いつものルーズリーフとコーラを買って元来た道を戻る。
 途中で見たことのあるような車に抜かれたような気がして、妙な胸騒ぎがした。
 追い抜いていった車はやっぱり彼の車で、先輩が助手席から降りてくるのが見えた。
 これは何の再現なんだ。
 なんとなく近寄りがたくて俺は手前で自転車を止めてしまった。
 先輩は運転席のほうへまわり、何か話をしている。
 彼は運転席の窓を開け、乗り出すようにしていた。
 どう見ても彼が先輩に対して友人以上の好意を抱いているようにしか見えない。

「今日もありがとう」
「間に合って良かったな。
 なあ、今度休みが合う日に遊びに行かないか?」
「ええー?」
「いつも送ってやってる恩も忘れてそんなことを言うわけ?
 今日もこれからあっちに戻ってフォローすんの俺よ?
 本当に薄情だな〜。
 たまには、どっか行こうよ」
「うーん」
「じゃあ今日の借りを返すってことで」
「えっ、もう仕方ないなぁ…………わかった」
「やった」

 彼がごく自然に貴方の手をとる。
 ……貴方が嫌がることのできないようなやり方で。
 だから貴方も無理にほどいたりしないでされるがままになっている。

「春日」
「なーに?」
「俺、お前のこと好きみたいなんだけど」
「えっ?」
「……俺、お前のこと好きなんだけど。
 お前俺のことどう思ってんの?
 こうして一緒にいてくれるってことは嫌われてないって思ってていいんだろ」

 貴方は手を離そうとするけれど、振りほどけない。
 何か声を出したいのに、声が出てこない。
 最初は茶化すような雰囲気だったのに、いつのまにか声が真剣みを帯びていて、
 貴方は戸惑っているようだった。
 そんな様子を見て、彼は苦笑いして、

「急に言って悪かったな。
 でも俺は、そうだから。……返事今度聞かせてくれよ」
「……」
「じゃあまた明後日な」
「うん」

 彼は笑って手を離し、手を振ると行ってしまった。
 貴方も暫く手を振ると、俺の部屋を見上げ慌てたように携帯電話を取り出した。
 何も言えずに見入っていた俺は着信で我に返る。
 震える手で携帯電話を耳にあてれば、貴方の声がした。

「譲くん?寝てた?」
「……いいえ」

 自分でも怖いくらい静かな声が出た。
 よくわからない怒りが渦巻いて息が出来ないくらい苦しいのに、
 頭は妙に冴えている。

「今日もバイトですか?」
「うん」
「今日は少し遅かったんじゃないですか?」
「新人歓迎会をやってくれてたからちょっとだけ参加してきたの」
「……そうですか」

 貴方は俺の部屋の窓を見上げて、嬉しそうに笑う。

「もうちょっと本当はあったんだけど、譲くんにおめでとうって言いたくて。
 日置くんに協力して貰って先に帰ってきちゃった」
「……別に、わざわざ帰ってこなくても、歓迎会の間に中抜けして
 電話すれば良かったんじゃないですか?付き合いとか大事そうですし、
 そこまで気を使ってもらわなくてもいいですよ」
「でも、顔見て話したかったし、今どこ?部屋にいるの?」

 俺はため息をつき携帯電話を切った。
 貴方は通話が切れたことにあわててかけなおそうとしていた。
 自転車を押して貴方に近づけば、貴方は振り返っておかえり、と言った。
 普段なら何だか結婚してるみたいだな、なんて内心照れながらただいまと言うのに
 今日はそんなことをいう気にもなれない。

「間に合って良かった。もうちょっとで誕生日だもん」

 貴方の笑顔は晴れやかで、俺が一部始終を見ていたなんて気付いてもいない。
 ただ俺の誕生日を祝おうとしてくれているのが伝わった。
 余計なことを言わなければ、和やかに二人で過ごす時間が訪れるとわかっていた。
 見たことを、聞いたことを追求しなければいいと思うのに、気がつけば俺の意に反して言葉が零れた。

「俺とこんな風に話すより日置さんと話すほうが楽しいんじゃないですか」
「そんなことないよ」
「出かける約束もしていたじゃないですか」
「聞いてたの?」
「聞こえたんですよ」
「後でちゃんと断るよ。二人っきりだったら困るって」
「遊びに行くのはダメなのに、車って言う密室に二人きりなのは気にならないんですね」
「えっ」

 離れて行かないで。傍にいて欲しい。そう言えばいいのはわかっている。
 けれど貴方ははっきりとは断らなかった。
 貴方にとって俺は一体何だ?今確認したら貴方は俺を幼馴染というんだろうか。
 貴方はきょとんと俺を見ている。罪悪感の欠片も無い顔で。
 俺は自転車をいつもの場所にかたんと止めると、貴方の腕を掴んだ。
 貴方は俺の瞳の昏く光る怒りと掴まれた腕の痛みに驚いてとっさに逃げようとした。
 さっきは、彼に掴まれて逃げようともしなかったくせに。
 彼みたいにどうして俺も上手に優しくできないのかと自分が情けなくなる。
 鍵を開け、玄関に貴方を押し込み後ろ手で鍵をかける。
 引き回された勢いで貴方の靴が片方脱げてたたきに転がった。
 よく見れば、それは去年俺の誕生日に一緒に出かけた時に穿いていたミュール。
 ストラップなしで、少し高いヒールのその華奢な靴に慣れていなかった貴方の手をひいて歩いた。
 それはほんの一年前のことなのに。
 華奢なかかと、素肌の膝ののぞく少し短い丈のスカート、大きく襟ぐりの開いたブラウスは
 今年の流行なのか透けるような素材で、彼でなくとも勘違いするだろう。
 そんな無防備な格好で、助手席にリラックスして座っているのなら、
 彼女は自分に対して当然好意を持っているだろうと。

「ちょっと譲くん、どうしたの?」

 そんな潤むような瞳で見られて、俺が何を思うかなんて貴方には絶対にわからない。
 咄嗟に後ずさった貴方は、上り框にぶつかってしりもちをついた。
 そのまま俺にのしかかられ、貴方は逃げ場を失う。
 両腕を押さえつけ、俺は噛み付くように貴方の唇を貪った。
 貴方にこんなに激しく口付けたことはない。貴方を怖がらせたくなくて、ずっと自分を抑えてきた。
 貴方は驚いてきつく口を閉じたままだ。それは俺を拒んでいる証拠なのか。

「や」

 息が上がった貴方が、もらした一言に凍りつく。
 久々に交わしたキスなのに。こんな風にしか出来ないのは何故なんだろう。
 リビングの時計が、0時をつげた。
 鐘が一つなるたびに冷静さを取り戻した俺は貴方をはなして立ち上がり、玄関の電気をつけた。
 視界が明るくなり、気持ちが少し落ち着いた。
 床に広がった髪、呆然と見上げる瞳に一瞬感じた罪悪感に目をそらし、貴方の手をひいて起こした。
 今はこれ以上貴方の顔を見ていられない。俺は震える手で貴方の足に脱げたミュールを履かせた。

「すみませんでした。こんなことして。
 ……バイトで疲れてるんでしょう?
 今日はもう、帰ってください」
「どうして?」
「これ以上一緒にいたら貴方にもっと酷いことをしてしまいそうで。
 抑えきれないんです。だから」
「今日おばさんとおじさんは?」
「明後日まで俺ひとりきりですよ」

 貴方は気まずそうに押し黙る。
 貴方にそんな顔をさせたくはない。
 そう思うのに、そんな顔をした貴方に感じた怒りは簡単に消えはしなかった。


背景画像:空色地図

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