Back on my feet
You're bringing me down on my knees
−6ー
今日は、俺と貴方の終わりの日なのか。あの夢の意味はそれだったのか。
気まずい空気の中ぼんやりとそんなことを考えた。
午後眠ったとはいえ、熟睡できたわけでもない。
かえってあの眠りで脱水症状を起こしたのかかえって疲れが増した気がする。
もしあの夢を見続けていなかったら、もっと貴方に優しく出来たのかもしれない。
夢のせいにするなんて卑怯だと思うのに、蓄積され続けた不安は爆発しそうになっていた。
あと少しの衝撃でそれは溢れ出るのだろう。むしろ派手に溢れさせて、終わってしまいたい。
せめて引導は貴方の手でと、俺はやけっぱちで疑問を口にした。
「日置さんに、なんて返事するんですか?」
貴方はそこまで見られていたと思っていなかったのだろう。
貴方は無防備にうろたえた顔をした。
「え……?」
「断っていなかったですよね。今貴方は日置さんが好きなんですか?
付き合うのなら、別れるんですよね俺たち。
……そもそも付き合っていたんですか?
そんな風に嫌がるようなことして、すみませんでした」
「譲くん、何言ってるの?」
「だって日置さんに俺と付き合ってるって言ってないんでしょう?」
「それは何か、恥ずかしいから」
俯く貴方は、本当に恥ずかしいようだった。
貴方に悪気が何も無いのはわかりきってる。でもそれだから赦せないこともあった。
「俺と付き合っているのなら、……付き合い続けていくつもりなら
日置さんにその場で断っても良かったじゃないですか」
「だっていきなりでびっくりして、なんて答えていいのかわからなくて」
「こんな格好で助手席に乗ってたら誰だって勘違いしますよ」
座り込んだ貴方のひざをするりと撫でれば貴方はひゃっ、と声をあげた。
「車なんてただの密室なんですから」
「日置くんはそんなことしない」
「……しないかもしれない。でも考えていないはず無いんですよ」
「譲くんは?」
「どう思うか、なんて貴方に関係あるんですか?
もし考えていたとしたら、貴方こそどう思うんですか?」
「……え?」
「そういうことを俺は考えていなかったと思ってるんですね」
「だって、譲くん真面目だし」
貴方は視線をうろうろさせて俯いた。
震える睫に、残酷な気持ちが燻り、貴方の首筋にキスをした。
触れた舌のざらりと濡れた感触に貴方はうろたえて、後ずさる。
「貴方に嫌われたくなかったからずっと我慢してたなんて気付いてもいないんでしょう?」
「我慢?」
「……俺だって、男ですから。
貴方が欲しいと思ったって……好きなら普通でしょう?それくらい」
このまま勢いで貴方を押し倒して全て奪いたいと思うくせに、結局貴方に嫌われたくなくて
今の今すらこれ以上手を出せない臆病な自分に苦笑いする。
貴方に受け入れて貰いたいと、泣きたくなるほど願っているのに
どう口に出せばそれが叶うのかわからなくて、俺の口からは自分の意思に反した言葉ばかり溢れ出る。
「貴方がもし今日置さんを好きなら。
帰ってください。俺がこれ以上何かしないうちに」
「わたしが好きなのは譲くんだよ」
何を言っているのかわからないとでもいうように目を見開き、貴方は俺を凝視した。
俺を好きだといっているなら、どうして貴方は俺の嫌がるようなことばかりするんだろう。
拳を握りこんでやり場のない怒りを必死で耐える。
「だったら、どうして」
「……本当にどう答えていいかわからなかったの。
日置くんは友達でこれからも一緒に頑張る仲間だから気まずくなったりしたくなかった。
でも、譲くんがそんなに嫌だと思うなんてわからなかったから」
「なんでわからないんですか!!
貴方が誰かに奪われるかもしれないって思って平気でいられるわけないじゃないですか!」
「譲くんはじゃあどうしてわたしが断るって信じてくれないの?」
「それは」
貴方を信じたい。俺を好きでいてくれると。ずっと俺の傍にいてくれると。
でも、どうしても信じられない。
どうして俺なんかとという気持ちが未だに抜けないのは何故なんだろう。
どう伝えればいい?この行き場のない苦しさを。
「俺は……ただ自信がないんです。
貴方みたいに俺はハッキリ自分の進路も決められないし、
貴方に言いたいことの半分もいえない。
誰よりも大切にしたいのに、優しくも出来ない」
「譲くんは優しいよ?」
「優しくなんかないですよ。
優しくしていないと貴方が離れていってしまうような気がして、
努力して優しくしてるなんて本当の優しさじゃない。
貴方みたいに過去と正面から向き合えるような強さも無い。
貴方に俺はふさわしくないんじゃないですか」
「譲くんってば」
「日置さんや他の人なら貴方と同じ世界で生きていける。
貴方が今一緒にいて一番話があったり、楽しかったりするのは俺じゃないでしょう?」
「ばか」
貴方は俺の頬をぴしりと打った。
その痛みにこんなことがいつかあったなとぼんやりと思った。
屋島の合戦の前の日貴方と二人で話をしたあの時も、弱音を吐いた俺の頬を打った。
あの時必ず生き残って、貴方との未来を掴むと強く願ったのに。
どうして忘れていたんだろう。
「確かに、一緒にいて一番楽しいとか一番話がわかる人は別の人かもしれない。
でも一緒にいたいのは楽しいとかそういう理由じゃないでしょ?
好きで、大事だから一緒にいたいんだよ。どうして譲くんにはわからないの?」
多分『俺』の努力だけで貴方を手に入れたわけじゃないからだ。
貴方が徐々に俺を好きになったとか、そういう手ごたえがないまま今日まで来た。
貴方はかつて二人の俺を喪ったと言っていた。
その二人の俺は自分の命を懸けて貴方に向かって手を伸ばしたのだ。
限りなく低い確率だったけれど、貴方を振り向かせることを可能にしたのはその覚悟。
同じ覚悟がなければ、ここで諦めてしまったら俺は貴方を失うんだろう。
結局俺には貴方以上に大切なものなんてない。
あの夜、俺と貴方は確かに向き合った。
貴方をもう一度振り向かせることができたなら、今度こそ正真正銘俺が振り向かせたことになるのだろうか。
そう胸を張って言えるようになるのだろうか。
「俺は誰よりも貴方が好きです。好き過ぎて、……苦しい。
ずっと苦しかった。俺の気持ちは重すぎるから、そのままぶつけたらきっと貴方の重荷になる。
貴方を閉じ込めて他の誰のものにもならないようにしてしまいたいと思うくらいなのに、
……優しい彼氏のふりをして、貴方に理解をしているようなふりをしてきたんです。
日置さんの車になんて乗って欲しくなかった。
夜遅くなるなら俺が迎えに行きたいくらいなんですよ。
そんな時間に他の男と二人きりなんて嫉妬と心配で気が狂いそうなのに、貴方の前では
何もないように必死で笑ってきた」
「どうして?」
「貴方に失望されたくなかったんです。
貴方に嫌われたくなかった。
だから貴方に触れたいと思っていても我慢してきたんです。
貴方に怖がられたくなかった。貴方に嫌われたり、距離を置かれたりするのが怖かった。
貴方が思う優しい俺を裏切りたくなかった」
「そんなの……そんなのわからないよ。
譲くんはいつも本当のことを言わない。我慢する。
わたしが本当にそれを嫌がるかなんて譲くんにはわからないでしょ?」
「たとえそうじゃなかったとしても、貴方を失うのが怖くて言えなかった!」
「でもその我慢がわたしは寂しかったって言ったら?」
俺は弾かれたように貴方の顔を見つめた。
貴方はとても静かな瞳で俺を見つめていた。
「譲くんが何か我慢してるのは知ってる。でもいつか話してくれるって信じてた。
我慢しきれなくなると、目に余裕がなくなるから何度でも話してって言うのに、
譲くんは結局あんまりわたしに話してくれない。
そんなにわたしって頼りにならないのかな?って悲しくなるよ。
本当にわたしたち付き合ってるって言えるのかなって」
貴方もそう思っていたのか。
やっぱり貴方は真実を見抜く力がある。誤魔化しなんて通用しない。
「そう思ってもわたしはいつか譲くんは話してくれると信じてた。
話してくれるようなわたしになりたかった。
……わたしは結局おっちょこちょいで、ずっと譲くんのほうが大人っぽいし何でもできるから」
「それは違う」
「違わない」
「違う。
貴方は俺なんかよりずっと前に向かってまっすぐ向かっていく力があって、
時間がかかっても実行していける強さがある。
俺は大人ぶってみても何も出来ない子供なんですよ。
何をやっても確かにそこそこ出来ても、それ以上にはなれない。
どんどん前に進んでいく貴方に追いつけなくて焦ってばかりだ。
貴方は眩しいくらいに綺麗になっていくのに、俺はまだ高校生のままで。
仕方ないってわかっているけど違いがはっきり目に見えてしまったら
見えないふりなんて出来ないんですよ。
俺は……兄さんみたいになりたかった」
「譲くんは譲くんだよ。
わたしはそんな譲くんだから好きなんだよ」
堪えきれず頬を伝い落ちた涙を貴方はそっと拭って、俺の唇の端にキスをした。
その柔らかさに、暖かさに堪えきれなくなり貴方の胸元に顔を埋めると、
貴方はそっと手を伸ばし抱きしめてくれた。