Back on my feet
You're bringing me down on my knees
−4ー
眠れないまま、どうにか試験をやり過ごした。
終業式が終わって成績表も渡され、いつもとそう変わらない成績に安堵して、
教室を出たところで廊下で担任に呼び止められた。
眠れていないのと食欲がないのと暑さでふらふらする。
できれば早く家に帰りたかったけれど、教師にそういう態度を見せるわけにもいかなかった。
俺は担任に向き直る。
「……何ですか」
「いや、成績は落ちてないけどなんか集中力が落ちてるような気がしてな。
あと進路。お前に対しては心配はしてないんだがまだハッキリしてないんだろ」
「理系に行くとは思いますが」
「そうだろうな。うるさく言いたくはないが、
まあこっちも仕事だから一応確認しておかないとまずいからな。
本当は夏前に決めておいて貰えると安心できるところなんだが」
「……すみません」
「彼女がいるから地元を離れたくないとか、そんなことを考えているのか」
彼女といわれてカッとなり思わず担任を睨んでしまいそうになるのを堪えたけれど、
俺の怒りは担任には伝わったようで、彼は軽くため息をついた。
「彼女のことは、関係ありません」
「すまん。別に付き合うのが良くないとかそんな話じゃないんだ。
だかお前ならいいところを狙えるからな。
自宅から通えるところだけとかそんな範囲じゃ勿体無いと思っただけさ。
……ま、夏休み明けには決まっているといいな」
ひらひらと手を振って歩いていった担任の背中を見送る。
去年貴方はこの時期にはもう進路を決めていた。
まっすぐにやりたいことを見つけて進む力が貴方にはあった。
俺にはまだ何がしたいのかわからないのに。
地元から通えない大学に進むなんて今は思いも寄らなかった。
これ以上貴方と離れるなんて考えたくもない。
でも担任の一言はそんな俺の甘さを的確に突いた気がした。
自分で自分の未来を狭めようとしているのかもしれないと今気がつくほど、俺は追い詰められていた。
ポケットの中で携帯が震える。貴方からのメールだった。
『今日人生初の給料日です☆
譲くんの誕生日何が欲しいか考えておいてね』
貴方は着実に前に進んでいるのに、俺は何をやっているんだろう。
それに俺が本当に欲しいものはお金で買えるものじゃない。
素直に欲しいものを言えば、貴方は俺にそれをくれるんだろうか。
俺はその考えを頭を振って捨てた。
貴方は頑張っていたから、初の給料は嬉しいだろう。
かつてあの兄さんも初の給料で、いつになく上機嫌でごはんを奢ってくれたのを思い出した。
夏の日差しに白く光る校庭を見下ろす。
ずっと貴方と兄さんの後をたいしたことは何も考えずに追いかけてきた。
高校まではそれで良かったのかもしれない。でもこの先は?
俺は何がしたいんだろう。俺に何が出来るんだろう。
そこそこの成績をキープできているから、選択肢は狭まることはなかった。
けれど先生方の言う大学や学部にも興味を持てない。
貴方の為ではなく自分の為に考えたことなんてほとんどない。
貴方の気持ちが手に入って、俺には他に欲しいものなんて思い浮かばなかった。
……そう、思い込もうとしていた。
本当は苛々していた。
貴方を中心にしか物事を考えられない俺に。
とりあえず学校の評判があがるような学部を薦めてくる教師に。
教師が当たり障りのない学校を進めてくるのは俺が目標を見失っているから。
本人の目標がわからなければアドバイスもしようもないから、
後々潰しの効くような場所を勧めるしかないのだとわかってはいる。
期待しなければいい。そうわかっていても
新しい世界に飛び立って俺を忘れているような貴方に一番苛立っていた。
そんなことはないのかもしれない。
貴方は貴方なりに俺のことを考えてくれているのかもしれない。
もしかしたら貴方は受験生の俺を気遣って距離を置いているのかもしれない。
貴方は優しい人だから。人に優しくするのが上手な人だから。
そうわかっていても、朦朧とした頭は正常な思考などしてはくれない。
とりあえず帰って眠りたかった。悪夢で目が覚めるとしても。
夏期講習も、補習もあるけれどとりあえず、もう夏休みだ。
俺の誕生日に何処かへ出かけようかとか去年の今頃は話していた。
あんなに幸せだったのに。どうしてこんなにも変わってしまったんだろう。
……とりあえずそろそろ返信しなければ悪い。
俺はとりあえず考えておきますとだけ返信して、携帯をポケットにしまった。
学校を出て、坂を下ればいつものように海が見えた。
この坂を貴方と一緒に手を繋いで下って一緒に家に帰った。
夏の日差しに光る海、鮮やかに見える江ノ島。
何も変わらないはずなのに、酷く遠くへ来てしまったような気がした。
家に帰れば両親が旅行の仕度をしていた。明日から三連休だから温泉に行くらしい。
間に俺の誕生日が入っているけれど親に祝って欲しい歳でもない。
望美ちゃんに祝って貰うんだったらそれでいいよな、などと父さんは笑い、
俺は曖昧な笑顔で返事をするしかなかった。
夕食後に成績表を見せれば、変わらない成績をキープ出来た俺に父親は苦笑いした。
「この成績、俺の息子とは思えないな。母さん。
……最近顔色が悪いぞ。今から無理してたら息が続かないんじゃないか?」
「……俺にはいきなり成績を上げるとか器用なことは出来ないからこつこつやらないと」
「成績はいいとして。譲、貴方進路、どうするの?
譲のことだからそのうちちゃんと決まるんだろうけど、もう夏休みよ?」
伺うように聞いてきた母親に一瞬考えるような顔を作った後、
心配をするなという意思表示に出来るだけの笑顔で答える。
「まだ何がやりたいとかわからないんだ。理系に進もうと思ってるけど」
「望美ちゃんは看護婦さんになるんでしょ?」
「母さん、今は看護婦じゃなくて看護士って言うんだろ?
望美ちゃんがナースか……なんか色っぽいな」
「父さん!」
父さんが風通しを良くしようと軽口を叩いているのはわかっていたけれど、
うまくそれを捌けない自分がもどかしい。
こんな時に兄さんなら一緒に悪ノリも出来るんだろうな、とぼんやりしてしまう。
「譲は望美ちゃんと同じように医療系に行くの?
開業医とかでもまあ家は広いし、望美ちゃんと二人で、なんていいわね」
「母さんは夢見すぎなんだよ、なあ譲」
「……俺は、医療系に行くつもりはない。
嫌なんだもう命の遣り取りとか。俺には重過ぎるよ。
それに学費がかなりかかるからさ」
思わず大きな声が出て、折角明るくなった場がまた凍りつく。
貴方は真正面から過去に向き合うことを選んだのに。俺にはその道は行けない。
そんな自分はとても小さくて脆いものに思えた。
今の成績なら奨学金を貰うことも可能かもしれないけれど、学費のせいにしてその話題から逃げようとした。
それを俺の遠慮ととったのか、父さんが苦笑いする。
「うちにはお前一人なんだし、なんとかなるんだぞ。
お前のやりたい道には行かせてやりたいからな。遠慮だけはするなよ」
父さんも母さんも、本当に俺のことを思っていてくれているのに。
わかっているのにその場にいることが苦痛だった。
俺はなんとかありがとう、と口にして自分の部屋に戻る。
今日もまた貴方の部屋の電気はついていない。
貴方の声を聞きたいと思ってもいつ電話していいのかすら俺は知らない。
ベッドに倒れこみ、目を閉じた。
見るのがたとえ悪夢でも今はただ眠りたかった。