花見月
−7−
考えた末送った菓子は丸ぼうろ、のようなものだった。
蒸したケーキのようなもの、でも良かったのかもしれないけれど、
蒸したものよりは焼いた物のほうが日持ちがするから。
自分の気持ちを素直に文に書いて添えた。
添えた枝は咲き誇る紅梅の枝。
白い梅よりも地味だけれど、強い願いを込めて選んだ。
幸鷹さんに会いたい。けれど無理はして欲しくない、と。
なんとなく今まで書けていなかった日常のことも書いた。
琴は今こんな曲をやっています、とか。
万葉集を読んでいます、とか。
話したいことはたくさんあった。
そうやってやっと素直になって贈れば、幸鷹さんからの文が帰ってきた。
添えられた枝は咲きはじめの白梅の枝。
もう咲き誇る枝が多い中、それを添えた幸鷹さんの気持ちが知りたくて。
綺麗に書かれた文をじっと見つめる。
文に書かれた和歌の意味は多分……きっとそう。
わたしの解釈が間違っていなければ。
紫姫にそうだよね、と確認することも出来たけれど。
わたしはその手紙を他の誰にも見せたくはなくて大事に文箱にしまった。
そうだといい、と願いながら返事の文を書いた。
筆遣いがたどたどしくても、うまく和歌が作れなくても。
幸鷹さんに貰った文が嬉しい、と。
その気持ちが嬉しいとただ、伝えたくて。
私は今までこんな風に気持ちを込めて文を書いたことはなかった。
多分、きっと幸鷹さんもそう。
どう気持ちを表していいかわからなくて。
悪く言えば業務連絡のような、社交辞令の文ばかり。
でも貴方に贈ったバレンタインの文は素直な自分の気持ちを込めた。
そして、幸鷹さんから返された文にも気持ちが込められていた気がした。
……大晦日までは、直接会うことが出来たから、
気持ちを伝えることが出来たけれど。
今年に入ってから、幸鷹さんにわたしは素直に気持ちを伝えていなかったような気がした。
……どうやって伝えたらいいかわからなかったから。
それを伝えていいのかすら、わからなくて。
文字がうまくかけないとか、和歌がわからないとか。
そういう問題もあったけれど、
文字が下手で恥ずかしいから長い文章を書かなかったり、
和歌が作れないから文を返せずにいたり、
軽蔑されたくなくて、今何を勉強してるとか教えなかったり。
会いたいのに会いたいって言わなかったり。
幸鷹さんが好きで、好かれたくて。
良い子のふりをしていた。
わたしの気持ちが伝わってくれたらいいのに、と願うばかりで、
伝える努力をしていなかった気がする。
……もしかしたら、幸鷹さんもそうだったのかもしれない。
幸鷹さんに限ってそんな、と思ったけれど。
翡翠さんの言葉が蘇る。
『不器用』
翡翠さんは確かに幸鷹さんをそう言った。
確かに、そうなのかもしれない。
でもそれは初めての恋愛をしているわたしも同じこと。
何だろう、幸鷹さんを今までよりずっと近くに感じた。
ずっと自分より年上で、何でも出来る人で、政治に携わる正義感の強い人。
でも、もしかしたら、わたしが思っていたのと違うのかもしれない。
貴方とわたしが出会ってまだ半年もたたない。
わたしはまだ貴方を知ってはいないのかもしれない。
まだ知らない人なのに。何でこんなに好きなんだろう。
……好きになってしまったから、もっと貴方のことが知りたいんだね。
好きになってしまったから、わたしを貴方に知られて幻滅されるのが怖かったんだね。
だから二人で歩み寄るのを止めてしまっていたんだ。
翡翠さんの苦笑いが浮かんだ。
確かに不器用な、二人だ。
でもわたし達はこれから始められるんだから。
水差しにさした貴方から贈られた白梅はつぼみがほころび咲き始めていた。
毎日文のやり取りをしながらも会えないわたしたちに、
八葉の皆はやきもきしたみたいだけど、
わたしの表情が目に見えて明るくなったせいか、ほっとしたみたいだった。
紫姫は毎日まめまめしく文を送ってくる幸鷹さんに苦笑いし、
お会いになればいいのに、と言う。
会えない時間だってきっと意味はあると思う。そう言えば、
幸鷹殿を信じおられますのね、と笑った。
そうして三月十四日、ホワイトデーのお返しに贈られたものは、……水干。
……それが、単でないことに紫姫は驚いていた。
女性に……この時期に衣を贈るのなら紅梅などの合わせでそろえるのが普通だから。
今日もそちらには行けませんが、桜を見に行く時にそれを着てくださいと添えられていた。
桜を見に行く時に。
桜が咲いたら幸鷹さんに会える。
……わたしは桜が咲く日を待った。
そして京の桜が咲き始めた。
最初は遠出をしようかという話だったのだけれど。
神泉苑なら歩いてでも見に行けるからではそうしようということになって。
貴方は久々に四条の館を訪れてくれた。
久々に見る鮮やかな蒼い袍が廊下の向こう側に見えた時、
わたしはいてもたってもいられなくて。
立ち上がり、貴方の蒼い袍に飛び込んだ。
貴方は一瞬驚いた顔をしたけれど。
しっかりと抱きとめてくれた。
強い力で。
久しぶりの幸鷹さんの侍従の薫りを吸い込む。
幸鷹さんは一瞬困ったような顔をしたけれど、
会いたかったと言ってくれた。