言葉にならない
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譲くんは、完璧だ。
……完璧という言い方が少し大袈裟すぎるなら、
『隙がない』とでも、いうんだろうか。
成績は優秀なほう。二年になったら生徒会に入るかもしれない。
背だって高い。顔だって整ってる。
おしゃれな男の子、ではないけれど清潔感のある着こなし。
良くとおる穏やかな声。
良く気がつくところ。
だいたいわけへだてなく優しい。
器用だし、料理もうまい。
存在自体に華があって目立っていた将臣くんとはちょっと違うけれど、
譲くんもまた女の子の目線の先にいる男の子だったんだ、と
気付いたのは、つい最近。
最近、というのは……譲くんとわたしが付き合いだしてから。
付き合うっていうのもまだよくわからない。
けれど、わたしが譲くんの彼女で、譲くんがわたしの彼氏、
……なんだと思う。
彼氏という言葉の響きにまだ慣れない。
でも幼馴染ではないし、友達でもない一番大切な人。
それは本当だし、本心から大事だと言える。
今まで、譲くんをそんな風に見たことが無かったから、
譲くんに止まる視線、なんて気付いたことが無かった。
譲くんを好きな女の子がいるんだ。
そうだよね。格好いいし、優しいし。成績だっていい。
……今まで彼女がいなかったのが不思議なくらいだもの。
そう気付いた時は複雑だった。
どう、表現していいのかわからない、気持ち。
もやもやする。
譲くんって格好良かったんだな、そんな風に思うのは譲くんに失礼なのかな?
でも、そうやって見とれてみるのも悪くないなと思いつつ、
こっそりと譲くんを盗み見ては、新しい譲くんを発見!とかしてみたりして。
実際に付き合ってみると、譲くんは本当は真面目なだけじゃない。
色んな気持ちや考えを持ってるし、面白いことだって好きだ。
きちんとしたことが勿論好きだし、してないと落ち着かないみたいだけど、
案外ずぼらだったり。気分屋だったり。
凝り性で、自分の興味を持ったことには突っ走る。
すぐに飽きちゃうわたしと違って、一度好きになるとわりとずっと好きだ。
ひとつのことに向かうことが好きみたい。集中できるから。
本人は集中力が散漫だからなんていうけど。
そんなことはない……と、思うよ?
そうやってひとつひとつ知っていくことが嬉しい。
譲くんはそんなわたしを不思議そうに見る。
ふたりきりの時なら、幸せそうな顔をして笑ってくれる。
ふたりきりの時にしかそういう顔はしてくれない。
だって恥ずかしいですから、そう譲くんは言っていた。
「有川君とつきあっててさ、望美楽しい?」
バレンタイン一週間前の休み時間、
ふいに友達にそんなことを言われてきょとんとなった。
どういうこと?
友人達は顔を見合わせて言った。
「ああいう堅いのと望美って合うの?」
「譲くんってそんなに堅い?」
「堅いよ~。
成績優秀、品行方正。
確かにかっこいいけどさ~」
「しかも料理もうまいし!」
「有川君のケーキおいしいもんね。
おべんとうもいつもおいしそう!!」
うんうんと頷く一同。
「……そんなにわたしと譲くんって……ヘン?」
「まあへんじゃないけどさ。お似合いだと思うし、
有川君望美のこと大事にしてるしね。
でも、窮屈じゃないのかなって時々思うよ。何して遊んだりするの?」
「別に、普通に遊ぶよ?」
「笑った顔とかみたことないけど」
「……ん~、ああ~学校ではそうなのかな?普通だと思うけど~」
「まあ望美がいいならいいんだけどね」
「でもあんたさ、今年のバレンタインどうすんの?」
「あげるよ。毎年あげてきたし」
「それって義理でしょ?今年は何あげるの?」
はたと気付いた顔をするわたしに、みんなは苦笑いを浮かべた。
義理じゃないチョコレートってどういうこと?
譲くんにあげるチョコレートに、どうもこうもない。
いつもみたいに楽しく過ごそうと思っていた。
むしろあげるチョコレートより、貰うケーキの方が楽しみだったり。
「望美~、去年と同じ感じであげるつもりだったんでしょ」
「えっ、何か違うの?」
「今年は本命でしょ。義理とは違うんじゃないの?」
「だって譲くんだよ?」
みんなはいっせいに、はあと溜息をついた。
何で溜息なんかつくんだろう?
わたしには良く、わからない。
「……有川君は期待してるんじゃないの?」
「だってずーっと望美のこと好きだったじゃない」
「……そうなの?」
「あんた鈍過ぎ」
「気付いてないの望美だけだよ?」
「……まあそこがいいところでもあるんだろうけどね」
うんうんと頷くみんなにわたしはどう反応を返していいかわからず呆然とした。
確かに、譲くんは前から好きだった言ってくれたけど。
みんなは気付いてたの?
「望美と有川君のことだから知らないけど。
手作りだけはよしたほうがいいんじゃない?」
「何で?」
みんなはいっせいに、さっきよりも大きな溜息をつく。
手作りの何が悪いんだろう。
「あんなに料理がうまい彼氏に何あげんの!?」
「絶対自分のほうがヘタなんてさー。あーやだやだ」
「そうかなあ」
「……そういうのが気にならない、あんたは大物だと思うわ」
「あたしなら絶対無理だなー」
「ねー」
そうなのかな。
今まで普通にあげてきたバレンタインのチョコレート。
今年は何が違うんだろう?
なんだかまたもやもやして、頭をふってみた。
「じゃあ、今年こそちゃんとしたのを作ってあげるよ」
「やめときなよ!」
「絶対成功させるもん」
「ええー?」
「意地張ったって無理なものは無理じゃないの?」
「あ~有川君かわいそ」
売り言葉に、買い言葉。
わたしは手作りのチョコレートを譲くんに渡す宣言をしてしまった。
自信なんて勿論無い。
でもいつも失敗したくて作ってるわけじゃない。
今回こそうまくいくかもしれないもの。
やってみないとわからない、とその日は意気込んでみたけれど、
うまくいくはずも無かった。
こんな意地張らなきゃよかったと後で思い知ることになる。