五風十雨




  −1−


 お嬢が帯刀の元に戻って暫くになる。
 寒さに張り詰めた空気が次第に和らいで、一気に暖かくなってきた。
 どこからか鶯の鳴く声がする。
 ああ、春だなあ。
 桜舞う、こんな絶好の散歩日和。
 共に歩くならお嬢とがいいんだが何故男と二人きりで歩かにゃならんのか。
 ため息をついて空を見上げた。
 けれどこのため息の出所は別のところだと知っている。
 誰に話したらいいもんか、こんな話は。
 今隣を歩くこの男は口が堅いが、何をするかわかったものでもない。
 でも話さずにもいられなかった。

「なあ晋作。話があるんだが」

 晋作は胡乱な目をして、話したいことがあるのならさっさと話せと
 言わんばかりの顔をした。

「どうしたお前らしくも無い。
 言いかけておいて言葉尻を濁すとは。
 本当に聞かせる気はあるのか」
「んん、ああ、そうだな。
 少ぉし、込み入った話でな。
 こんな往来で話すのも憚られるというか、なんというか」
「茶屋にでも入るか」
「茶屋もなあ、誰に聞かれるかわかったものでもないしなあ」
「ふむ。
 ……まあ、俺も込み入った話の心当たりが無いわけでもない」
「晋作、お前もか」
「……話の内容は想像はつく。
 場所を変えるぞ」

 すっといきなり横道へ入った晋作を慌てて追いかける。
 迷い無く歩く晋作の歩む速さは、常人のそれを超えていて
 俺は小走りでそれを追いかけた。








「で。
 どうして君たちここにいるんだい」

 憮然とした顔で目付け殿がため息をつく。

「内密な話はここがうってつけだろう」
「まあ、そうだなあ」
「沖田が変わらず貴殿を見張り、チナミが貴殿に預けられている今、
 ここに集まるのが妥当だと思ったのだがな。
 それに門番に咎められもしなかったのだが」
「君たちの顔を覚えているから入れてしまったんだろうけど。
 厄介ごとは嫌だよ、僕だってそれなりに忙しいんだしね」

 ぶつぶつ文句を言う目付殿の隣で、出された茶を平然と飲む晋作の
 豪胆さに苦笑いしているとどたどたと走る音が聞こえた。

「高杉殿!坂本殿!」
「おうチナミ、相変わらず元気だなあ」
「はい」
「坂本さん、お久しぶりです」

 後ろから聞こえた声にぎくりとすれば沖田が音も立てずにそこにいた。

「お、沖田お前も元気だったか」
「はい。坂本さんも」
「おう。お前さん気配を殺して後ろに立つのはやめてくれよ。
 ぞっとするだろ」
「そうですか?
 でも坂本さんの捕縛命令は今は受けていませんから」
「そうかいそうかい」
「で、これは何の集まりなのかな?
 君たちが集まるってことはだいたいの想像がつくのだけれど」

 やれやれと目付殿は面倒くさそうに一同を見回した。

「アーネストくんと桜智くんがいないようだけど、いいの?」
「桜智は捕まらなかったし、いても衝撃を受けるだけだろうからな」
「サトウ殿は公務で外出中らしく捕まらなかったのだ」
「あ、そう。
 で、僕は席をはずしていいのかな?
 君たちが集まる場を提供しただけで充分だと思うのだけど」
「いや目付殿も話を聞いて頂きたいのだが」
「嫌だよ。……どうせ面倒くさい話だろうし」
「蓮水に何かあったら、貴殿が後見すべきだろう。
 神子を支えるのが星の一族の役目なのだとしたら」

 目付殿は驚きに目を丸くして、大きなため息をついた。

「ほぉら、厄介ごとじゃないか。
 それに龍神の神子のお世話は義務があるかもしれないけれど、
 ただの女の子の世話をどうして僕がしなきゃならないんだい?
 それに、神子殿が再度この地に降り立ったのは感じていたけれど、
 帰ってきたと聞いたのは僕はこれが初めてだ。
 この意味、君たちはわかる?
 ……帯刀くんに直接疑問をぶつけてみたほうがいいんじゃないの」
「それもそうだな。
 ……何だか皆言いたいことがあるみたいだしなあ」

 ぼりぼりと頭をかきながら見回すと一同は頷いた。
 どうして僕もいかなきゃならないのとぼやく目付も連れて、
 薩摩藩邸へ歩けば、門番が胡乱な目をして通してくれた。
 直接帯刀の部屋へ行こうとしたらいつもの使用人に阻まれた。
 今来客中だという。
 もう暫く待てというので、お嬢の顔でも見ようかと思ったら
 それも引き止められた。
 まったく何だって言うんだ。
 それにしても帯刀にどう切り出したらいいもんか。
 庭の桜を眺めながら唸っていれば、大きな物音が聞こえた。

「何だ」

 普段は静かなこの藩邸に何があったというのか。
 皆を見回し、音がしたほうへぞろぞろと駆けだした。


背景素材:空色地図

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