五風十雨




  −2−


 折角再会できたというのに極東で出来た私のいいお友達はこのところ元気が無い。
 気晴らしにでもとお茶に誘ってみても首を縦に振ってくれない。
 前はスコーンや紅茶にあんなに喜んでくれたのに。
 未来の祖国の話を聞くのも楽しみだったのに。
 あんなひと時をもう一度。そう思ってもゆきは首を縦には振らない。
 小松さんが許してくれないからとあなたは寂しそうに笑う。
 あんな頑固者で独占欲が強いとは思っても見ませんでしたよ。
 そういうと小松さんを悪く言わないで、とあなたは言う。
 惚れた弱みなのかなんなのか。
 恋煩いがあなたを綺麗にしていくのに、あなたの表情は冴えなくて。
 見ていてとても切なくなるのです。
 公使の使いで時折この邸に訪れる用事にかこつけて、
 あなたとの語らいは楽しいのにだんだん笑顔が失われていくのが忍びなくて。
 私はここからあなたを連れ出したいと何度願ったか。
 この国を離れる刻限も迫っているから、あなたの心からの笑顔をまた見たかった。
 今日も公使の使いで薩摩藩邸に訪れ、用事を済ませて見に来れば、
 縁側で桜を見ながら猫と戯れるあなたがいた。
 特に出来ることも特にないし、皆が何もしなくていいと言うからと、
 寂しそうに微笑むあなたを見ていられなくて、つい本音が母国語で漏れてしまった。
 一度口から零れた本音は、止められない。
 驚くあなたは目を丸くした。

「Will you come together?
 You won't regret it.Yuki」
「アーネスト……」
「Please」
「……アーネスト」
「Even if the true intention cannot say in Japanese.
 May you talk in English?」
「アーネスト、ごめんなさい。
 英語が話せることを内緒にしろって小松さんが」
「why?」
「……わからないの、でもそう言われたから」

 私の剣幕に怯えたのか白猫はちりんと鈴の音を響かせて何処かへ行ってしまった。
 あなたは儚く見えても自分の考えを持ち、芯の強い女性だったのに。
 小松さんの言いなりになるなんて。そんなあなたを見ていたくない。

「It does not seem to be you to be at the mercy of Mr.Komatsu」
「アーネスト。
 そんなこと言わないで、お願い」
「I take you out to the outside」
「アーネスト!」
「……サトウくん、何をしているの」

 ガタン。
 大きな音がして振り向けば、襖を開け放ち、静かにこちらを見つめる小松さんと
 怪訝そうな顔で覗き込む西郷さんがいた。
 私が持ち込んだ公使からの便りの内容の検討がもう終わったのか。
 もう少し時間が稼げたらあなたを連れ出せたかな。
 ……事前に神に祈っておくべきだったかな。
 私はいつの間にか掴んでいたゆきの手を離した。

「話の内容は良くわからないけれど、
 あまり良い雰囲気ではなかったからね」
「盗み聞きなんて、はしたないですよ」
「人の許嫁に対して紳士的でない振る舞いだとは思わないのかな」
「あなたがゆきに対してしていることに比べたらきわめて紳士的だと思いますがね」
「……そう。
 君も私に何か言いたいことがあるんだね。
 こっそり覗き見ていないで出てきたらどう?」

 廊下を見れば、すずなりの人だかりが出来ている。
 皆さんもゆきのことが心配だったのですか。
 八葉の勤めとやらは終わったはずなのに、意外に皆さん連携がうまいですね。
 こういうの勇み足って日本語では言うのでしたっけ。
 チナミくんが物凄い顔でこちらを見ている。
 彼から見れば私は結婚前の花嫁を簒奪する悪い男ですか。
 そうできたら良かったのに。
 ゆきは困ったように私たちを見回した。

「ゆき、あなたも小松さんに聞いてみたいことあったんじゃないですか?」
「……うん」
「良い機会です。
 洗いざらい吐いてもらいましょう」
「そうだな」
「おや。珍しく意見が合いましたね、高杉さん」

 人聞きが悪いね。と小松さんはひょいと眉を上げると
 この人数なら広間かなと先導して歩き出した。


背景素材:空色地図

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