五風十雨




  −3−


 通された広間に思い思いの格好で腰を下ろし、久々に集まった皆は私をじっと見つめている。
 糾弾したくて仕方が無いのだろう。困ったものだ。
 別に訊かれれば、答えないわけでもない。
 良い機会だろう。わだかまりは少しでも無いほうが良いだろうから。
 ゆきくんが不安そうな顔で私を見ている。
 立ち回るのに精一杯でいつの間にか信頼をずいぶん無くしてしまっていたらしい。

「で、私に聞きたいことがあるんでしょ」

 誰から、と見回せば恐る恐るチナミが切り出した。

「小松殿。
 オレと沖田で折角桜が綺麗だからとこいつを連れ出そうとしたら
 門番から止められました。
 どうしてゆきを外に出してはいけないのですか」

 皆が黙って頷く。
 ああ、それか。

「皆それを疑問に思っていたとは思いつかなかったよ。
 お目付はそうでもないみたいだけど」
「僕?
 僕は基本的に帯刀くんの考えに近いと思うなあ」
「そうだろうね。
 では考えてみて。
 ゆきくんを町に連れ出したらどうなると思う?」
「何が起こるんでしょう」
「じゃあ言い方を変えよう。
 ゆきくんは龍神の神子として江戸の民に顔が知られている。
 見つかればどうなる?」
「皆集まってくるなあ」
「蓮水を利用しようと近づくものもあるだろう」
「でもオレたちが守りさえすればよいのではないですか?」
「ゆきさんもずっと邸の中では退屈でしょうし、息抜きも必要だと思います」

 がやがやとした一同をお目付は見て笑う。

「君たちが守る?どうやって?
 龍の宝玉はまたひとつに戻ったよ。
 君たちはもう八葉じゃない。ちょっと腕の立つただの人だよ?」
「そう。
 もう私たちには大勢を相手に出来るような力はない。
 護りきれないのなら、外に出せないでしょ。
 出してやりたいとは思うよ?でも今は難しい」
「今は、とは?」

 チナミが言い募ると、憮然とした表情で高杉が、

「つまり小松殿はほとぼりが醒めるまで蓮水を邸に留め置くと、
 そう考えているわけか」
「まああまり江戸の町を歩かせたくはないね。
 それ以外の場所ならそれも叶うだろうけど。
 ずっと邸に閉じ込めておくのは忍びないからいつか薩摩に連れて行こうとは
 思っていたのだけれどね。ゆきくん、……これで納得した?」

 こくり、とゆきくんが頷いた。
 まだ君の顔に笑顔が戻らないか。こっそりため息をつく。

「では、次に何を聞きたいの?」
「では私から。
 どうしてゆきが我が母国語を話せることを伏せなければならないんです?
 そしてどうして何もさせてやらないんですか。
 何もすることがないなんてゆきが可哀想でなりません」
「ああ、そのことか。
 サトウくん。
 君にいつか内密に我が藩の人間を遊学に連れ出して欲しいと
 頼んだことがあったのだけど、覚えてる?」
「はい、それは……」
「この国では今限られた国以外への門戸は閉ざされている。
 ましてや渡航など持ってのほかだ。
 ゆきくんが英国の言葉を話せるのは有益だとは思うけれど、
 今は伏せておきたいんだよ。出来ればこの邸の人間にも知られたくない」
「何故……」
「帯刀は、要らぬ嫌疑がお嬢にかからないようにしたいんだな」
「そう。
 和蘭語以外学ぶことを禁止されている今、ゆきくんが米国や、
 英国の間者だなんて思われたら可哀想だしね。
 まあこんなにのんびりとした子が間者だなんて誰も思わないだろうけど。
 ……ゆきくん。わかった?」
「……はい」
「私は君に英語を習いたいと思っているんだよ。
 皆に内緒で教えて貰えると嬉しいかな」
「はい……!」

 ゆきくんはぱっと笑顔を見せ、一同がほっとした雰囲気に一瞬包まれる。
 その中ばつが悪そうにサトウくんが切り出した。

「じゃあ、何故ゆきに何もさせないんです」
「…………ああ、それはね。
 ゆきくんにして貰いたい事が今特にないんだよ。
 誤解しないで欲しいのだけど……、
 最初は暫くの間ゆきくんに花嫁修業して貰うつもりでいたんだよ。
 やる気満々の面々もいたしね。
 けれどゆきくんはちゃんと母上や瞬に躾けられていたせいか、
 存外何でもこなせてしまってね。
 今ここは女中も充実しているから下働きをさせるにも用事がない。
 自然ゆきくんは暇になってしまったんだよ。
 それに」

 ちらりとゆきくんを見れば、不思議そうな顔をしてこちらを見た。

「ゆきくんが高価なものは受取れないと、遠慮してばかりだから、
 婚礼の準備がちっとも進まないんだよ。
 これは君のせいだね、ゆきくん」
「……でも」
「あまり遠慮ばかりしたら私が決めてしまうよ。
 それでもいいの?」
「あの……それは」
「それに君のしたいことはしていいんだよ。
 何でも話してみなさい。
 できる限りのことはしてあげたいと思っているのだから、ね」

 ゆきくんは複雑そうな顔でこくりと頷いた。
 そろそろ一息入れようか。
 側付に茶と茶菓子を用意するよう命じると、どたどたと走っていった。


背景素材:空色地図

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