SOMETHING OLD






 −4−

 クリスマスはとても素敵だった。
 ご馳走もケーキも食べ終えて、皆で満ち足りた気分になってプレゼントの交換をする。
 お父さんとお母さんにお揃いのルームシューズをプレゼントすると、
 とても喜んでくれた。
 お母さんがチェストから大事そうに取り出したのは、あの真珠のネックレス。
 もう手紙の内容も知っているけれど、やっぱりお母さんから受取るのは嬉しい。
 お母さんが首にかけて、似合うと褒めてくれた。
 このネックレスを見るたび、お父さんやお母さんを思い出した。
 もう一度会えて本当によかった。
 そっと首元を撫でると、つるりとした真珠の感触と、さらりと鳴る銀鎖。
 大切にするというとお母さんは約束ね、と微笑んでくれた。
 プレゼント交換も終わり、そろそろおひらきと言う頃に、

「記念写真を撮りましょう」

 そう言い出したのは瞬兄だった。
 驚いて全員で瞬兄を見ると、瞬兄は少し照れたように顔を背ける。
 写真嫌いの瞬兄は、被写体に絶対にならなかったのに。
 お父さんもお母さんも驚いていたけれど、お父さんは嬉しそうに
 カメラの準備を始めた。
 三脚を立てて、カメラの調整をする。

「俺がシャッターを押します」
「おい、瞬。お前やっぱり写る気ないんだろう」
「違います。タイマーを父さんに任せると危ないような気がするだけです」
「まあ、……そうか、じゃあ瞬頼んだぞ」
「はい。
 ……皆、もう少し真ん中に寄って。
 祟、その体勢だと顔が映らないがいいのか」
「瞬兄の意地悪!」

 瞬兄はこれでいいと調節が終わるとシャッターを押した。
 カウントの音がなる中慌てずに一同に加わると、シャッターが降りる音がした。
 もう一度撮ります。
 淡々と瞬兄は、さっきと同じようにシャッターを押して皆で笑顔で
 写真に納まった。
 カメラのモニターを皆で覗き込む。
 笑顔の皆が納まっている。

「折角写ってるのに瞬のやつやっぱり仏頂面なんだな」
「にこにこしてる瞬兄も怖いからいいんじゃない?」
「祟くん酷い」
「でも皆良く撮れてるわ」
「どういう心境の変化だ?ずっと撮らせてくれなかったのに」
「一枚くらい、皆で写っている写真があってもいいだろうと思っただけです。
 こんな最高の夜ですから」

 瞬兄は穏やかな顔でカメラを片付けて、疲れたから先に休みますと部屋に戻っていった。



 そんな風にクリスマスも終わり、皆それぞれに過ごし始めた。
 都も実家に顔を出さないと流石に不味いからと帰っていった。
 祟の誕生日にはまだ顔を出すから。
 そう言った都に、祟くんは来てくれなくてもいいよと舌を出した。
 祟くんの様子が少しおかしい。
 祟くんは帰ってきたばかりの頃は、少し照れながらも屈託なく笑ってくれた。
 お父さんともお母さんとも壁を無くして接しようとしているのがわかる。
 まだどう距離を取るか考えているのが見ていて何だか可愛い。
 でも、わたしの顔をじっと見つめるとふいっと顔を背けて行ってしまう。
 わたしが何かしたのかと首を傾げると、瞬兄は気にすることはありませんと言う。
 持ち帰った手荷物の中には、祟くんへのプレゼントのオルゴールがある。
 クリスマスプレゼントではなく誕生日に渡したかったから、
 誰にも見せないように部屋にしまってある。
 クリスマスのケーキはお母さんが焼いてくれたけど、祟くんの誕生日のケーキは
 わたしが焼きたかったから、お母さんに言えばそれがいいと賛成してくれた。
 ブッシュ・ド・ノエルはチョコレート味だったから、
 普通のショートケーキにしようと思って、その準備をしていると、
 リビングでクリスマスツリーを片付けるお母さんと祟くんが見えた。
 祟くんはこっちを向くとまた、一瞬悲しそうな顔をする。
 お母さんにはあんな笑顔なのに、どうして。
 見つめると祟くんはふいと横を向いた。

「ゆき、祟のことは気にしないほうがいい」
「でも」
「貴方が祟のことを気にかけているのはわかります。
 でも、祟自身の問題ですから」

 祟くん自身の問題ってなんだろう?
 そう思ったけれど瞬兄は何も答えてくれなかった。
 前から無駄なことは口にしない瞬兄だけど、最近もっと口数が減っている。
 どうしてと思いながら迎えた、
 祟くんの誕生日会はいつもの年より楽しいものになった。
 都は相変わらず祟くんと言い合いばっかりして、瞬兄の静止の声も届かない。
 祟くんは素直にお母さんとお父さんに甘えて嬉しそうだった。
 ケーキも上手く焼けたからほっとした。
 十五本ちゃんとロウソクを立てたかったからちょっと大きめのケーキになって、
 祟くんはそれを凄く喜んでくれた。
 ハッピーバースデーを皆で歌って、一気に祟くんはロウソクを消そうとして
 失敗して照れたように笑った。

「……だって15本だなんて、ボクにはちょっと多過ぎるよ」
「やーい、失敗してやんの」
「都姉はうるさいんだよ。
 ボクが十五歳になれたことに感動してるって言うのにさ」
「祟くん。良かったね」
「うん、お姉ちゃん。
 ボク十五歳になれて嬉しいんだ。……すっごく」

 祟くんは久々ににっこりと笑った。
 大げさだななんてお父さんは笑うけれど、祟くんがどれだけ嬉しいのかは、
 わたしと瞬兄と都にしかわからないこと。
 お母さんは嬉しそうに笑った祟くんをぎゅっと抱きしめた。

「あんなに小さかったのに、大きくなってしまったのね」
「うん。きっとお父さんやお母さんより大きくなるよ。
 でも……大好きだよ、ずっと。お父さん、お母さん」
「突然なんだ、祟」
「ちゃんと言ったことなかったから、言おうと思っただけ。
 だってボク十五歳になれたんだ。だから」
「私も愛してるわ。祟」
「うん、……お母さん」

 お父さんはがしがしと祟くんの頭を撫でると、瞬兄の肩を抱いた。
 じわっと涙が零れてくるのを我慢する。
 都も何だか泣きそうになっているのか、大声で、ケーキ食べようぜ!ケーキ!と催促した。
 お父さんとお母さんからのプレゼントに、都からの不意打ちのプレゼント。
 そして私からのオルゴール。
 祟くんは驚いたり感動したりしてはしゃいでいた。
 もっと素直に、家族になっていければきっと幸せになれるのに。
 そう思った瞬間に、かすかに胸が痛んだ。
 ……どうして、胸が痛いんだろう。
 幸せになれるのに、って何で思ったんだろう。
 俯いたわたしに、祟くんは後でリビングで話そうと囁いた。
 パーティが終わると皆がそれぞれに部屋に戻っていく。
 皆がいなくなったリビングはさっきの余韻が残って少し寂しい。
 待っていると、祟くんがわたしがあげたオルゴールを持って階段を降りてきた。

「……お姉ちゃん、これありがとう。
 ボクがこの曲を好きだって言ったの覚えててくれたんだね」
「祟くんが喜んでくれてわたしも嬉しい」
「ほんと、お姉ちゃんはずるいよ」
「え?」

 祟くんは向かいのソファにすわり、オルゴールの螺子を巻いた。
 ことりとテーブルに置かれたオルゴールを開くと懐かしいメロディーが流れた。
 祟くんはそれを大事そうに撫でる。

「お姉ちゃんはボクのことを考えてくれるのに、
 ボクを選んではくれない。
 ボクの一番欲しいものはくれないんだ」
「……ごめんね」
「お姉ちゃん、ボクの言っている意味がわからないんでしょ。
 それなのに謝るなんて本当に人が好すぎて嫌になるよ。
 嫌いになれたらもっとラクになれるってわかってるのに、
 ボクはお姉ちゃんを嫌いになることも出来ないんだ」
「……祟くん?」

 わけがわからなくて祟くんを見つめたら、
 祟くんは大げさにため息をつくと諦めたように笑い、首を振った。

「お姉ちゃんにはわからないし、わかってもらいたくないからいい」
「じゃあどうして話をしようなんて言うの?」
「ボクばっかり悩むなんて不公平だもん。
 ……お姉ちゃんだって少しは悩んだらいいんだ。
 ものわかりがいいくせに、本当は人の気持ちなんて
 お姉ちゃんにはわからないんだから。
 でも、それだからお姉ちゃんは誰にだって平等に優しい。
 お姉ちゃんの優しさは残酷なんだよ」
「そんな……」
「ボクはお姉ちゃんのそんな優しいところが、
 ずっと大好きで、大嫌いだった。
 お姉ちゃんはボクを一番には選ばないってわかっていたけど、
 ……もういいや。
 折角ボクは未来を貰えたのに、あんな夢を見なければもう少し幸せに浸れたのかな。
 こんな力無かった良かったのにね」
「祟くん?」
「とりあえずボクの話を今聞いてもらえたからそれでいいんだ。
 ボクはボクなりに幸せになる。
 だからお姉ちゃんも幸せになっちゃえばいい」
「え……?」
「どうせお姉ちゃんは女の子なんだからお嫁に行っちゃうんだ。
 のこされたお父さんとお母さんはボクのものだからね。
 お姉ちゃんの分も大切にしてあげるよ」
「どういうこと?」
「だからわからなくたっていいよ。
 ……このプレゼント、ボクの二番目に欲しいものだったから嬉しかった。
 ありがとう」

 丁度曲が終わったオルゴールをぱたんと閉じて祟くんは立ち上がった。
 わけがわからず呆然と見上げたわたしを、祟くんは見つめてにっこりと笑う。

「今晩くらいボクのことで悩んでくれもいいと思うよ。
 ……お姉ちゃんがボクにくれた奇跡の誕生日なんだから」
「……?」
「でもありがとう。
 お姉ちゃんがくれた未来と、最後のプレゼント。
 ボクは大切にするから」

 おやすみ。と声をかけて祟くんは行ってしまった。
 よくわからないまま、何だか寂しくなってぼんやりとソファで丸くなっていると、
 瞬兄が降りてきた。

「ゆき、そんな格好では風邪をひきます」
「瞬兄」
「……祟のことで悩んでいるのでしょう?
 前に言ったとおりあれのことで悩むのは無駄です」
「……そうなのかな」
「貴方の問題が貴方にしか解決できないように、
 祟の問題は祟にしか解決出来ませんから」
「そう言い切ってしまうのは寂しい」
「……優しさだけでは、何も出来ないこともあるんです。
 貴方も少しは学んでください」
「どういうこと……?」
「別に。
 ホットミルクでも飲みますか?
 そのままでは眠れないでしょう」

 瞬兄が持ってきてくれたホットミルクは蜂蜜の優しい味がしてほっとした。
 それを飲んだら寝てください。
 そう言った瞬兄は珍しくお酒を飲んでいる。
 瞬兄も眠れないの?そう尋ねれば、今は夢を見ずに眠りたいんですと、
 寂しそうに瞬兄は笑った。

背景素材:少年残像

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