5.パーティの終わりに






「終わってしまうと何事も味気ないものだね」

 パーティの間に飲んでいた頃はもっと香り高いと思っていたのに、
 口に含んだそれは何だか味気なかった。
 ゆらゆらと赤が光によって色を変える。
 グラスの向こう側にはクリスマスツリーが見えた。
 光が交互についたり消えたりしているのは、仕組みはよくわからないものの、
 単純に美しいと思った。
 残ったごちそうやらは冷蔵庫にしまったけれど、
 とりあえず片付けは明日ということになってまだ居間の風景はざわざわしたままだ。
 楽しかった時間の空気が次第に薄れていくのが、目に見えるようで、
 自分がいつになく感傷的な気分になっていることを自覚して、苦笑いした。

「おい、まだ飲んでるのか帯刀」
「龍馬か。
 封を開けてしまったのに、飲んでしまわないと勿体無いでしょ」
「……何を考えている?」
「龍馬には私が考えているように見えるの?」
「ただ余韻に浸っているようには見えなかったからな」
「鋭いね」
「まあな」

 鈍そうに見えて、人の機微を見抜くのに長けているこの男を
 国の為に後押ししてきたのは間違いではなかったと思う。
 ……こんな風に自分のしてきたことに評価をいちいちするなんて、
 今までそうなかったことだ。
 図書館でこちらの世界の小松帯刀の寿命について知ってから『時間』について、
 少し敏感になっているのかもしれなかった。

「次に降り立つことになるのは多分京」
「そうだろうな」
「薩長同盟を無し、地盤を固めて日光の宰相を討つ。
 ……そこまですれば、あとは時代がおのずと動いていくのでしょ」
「おう、わくわくするな!」
「……そう?
 まあ、そうだね。私も新しい時代とやらは見てみたいかな。
 でも家老として私が成すべき役目はそこで終わり。
 薩摩藩家老小松清廉帯刀の役目御免だ」
「帯刀、いつも言ってるが。
 新しい国にはお前の力は絶対に必要だぜ?」
「……役に立たないことはないと自負しているよ。
 でもそれでは何も変わらない。私のような身分のものは身を引くべきなんだよ」
「帯刀……」
「龍馬。何度も言わせないでくれる?
 この考えは覆らないと思っていて欲しいね」
「そうか。残念だ」

 肝付尚五郎から薩摩藩家老小松帯刀へ、そしてその先は……?
 私は何に成るのだろう。その時間は果たして与えられるのだろうか。
 小松帯刀であることは全うできた。悔いはない。
 後は薩長同盟さえ成し、この国を覆う宰相の鎖から解き放つこと。
 それは、蓮水ゆきとの別れを意味する。

「意外に時間が残されてなかったね」

 ため息を漏らした私を、残りの酒をぐい呑みについで飲み干した龍馬が、
 怪訝そうに覗き込んだ。

「何だ、どうした?」
「何でもないよ」
「……お嬢のことか?」
「…………」
「わからないと思ってるのか?
 帯刀、お前意外と顔に出るんだぜ」
「龍馬こそ、ゆきくんをどうするの?」
「……俺?
 そうだなあ。
 お嬢には俺の可能性ってやつを限界まで貰った気がするから、
 今はお嬢には一番に幸せになって欲しいんだ。
 勿論隣にいてくれればそれが一番いい。
 でもそれが幸せとは限らない。
 だから……お嬢の望むとおりにさせてやりたいんだ」
「そう」

 やはりこの男の器は限りなく大きい。
 自分にはそんな余裕も、資格もない。
 ただ、ゆきくんと一緒にいる時間をこんなに愛おしいと。
 過ごした時間の余韻ですら味わいつくしたいと願うようになるとは思わなかった。
 お気に入りのものが傍にあれば嬉しい。
 ただそれだけだと思っていたのに、今の執着具合はどうだろう。

「帯刀はどうするんだ」
「……まあ、何事も見極めが肝心でしょ」
「おい」
「……諦めるとは言ってないよ」

 よくわからないと目を白黒させる龍馬を横目に、私は最後のワインを飲み干した。


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