1.心も冷やせたなら






「へぇ、現代のれいぞうこってのはたいしたもんだな」

 おう、冷えてるねえと扉を開ける龍馬に、瞬は無駄に扉を開けないように注意する。
 ここの電気はいったい何処から供給されているんだろう。
 世界の大半が砂に埋もれ、この家も大きいとは言え自家発電なんて装置は
 稼動したりしていない筈だ。
 使えるのだからいいではないか、と笑うゆきと都の能天気さに頭が痛くなった。
 損な性分だと瞬自身も思う。
 けれど、気になってしまうのは仕方が無いではないか。
 瞬はため息をついた。

「まあ気にすんなよ。
 食いもんが腐らないってのは大事だぜ。
 一家に一台俺も欲しいぜ」
「確かに、食糧の持ちがいいのは大事だ」

 スーパーや店も開いているはずもなく、今あるものがなくなれば最後だ。
 けれど時代を行き来するようになってこちらの時間はどれほど経ったのだろう。
 季節が変わるような見た目の変化は砂漠化した大地と、
 朽ちた街のせいでさっぱりわからない。
 あの時から止まっているのだろうか。
 瞬がまたため息をついたのを見て、龍馬は苦笑いした。

「瞬よ、そんなに考えてみたところでわからないものはわからない。
 答えの出ないことを考えてたって頭が痛くなるだけだぜ」
「そうだとしても」

 考えてしまうのは仕方ないでは無いか、と言ったところで龍馬には
 伝わらないだろうと瞬は言葉を飲み込んだ。

「そうやって思ってることを溜め込んだって辛いだけだろ?」
「お前のやり方を人に強要するのはよせ」

 そんな生き方は俺には似合わない。
 全て言えたらどれだけいいか。
 ……そして口に出したところで何が変わるのだろうか。
 また瞬が言葉を飲み込んだのを見て龍馬は苦笑いした。

「ま、いいけどな。
 お嬢を心配させるんじゃないぜ」

 それはこっちのセリフだ、と瞬はため息をついた。
 元はクリスマス休暇中の帰国中におきた出来事。
 そして、師走の終わりに長州から帰還してきた。
 気分と実際の時間は今は十二月で合っている気がする。
 もう一度あちらに渡れば、天海との決戦。全ての終わり。
 ゆきとアーネストがクリスマスパーティをやりたいと言い出した。
 どうせゆきの体調が戻るまでは、あちらに戻っても意味が無い。
 それでゆきが元気になるのならいいとも思う。
 最後の時まで静かに考えて過ごしても何の意味も無い。
 今は何も考えず、ただ自分の役目を果たしていくだけだと瞬は思った。
 この状態で何が出来るのか今各自家の中を点検して回っている。
 都は実家に戻って秘蔵の日本酒をかっぱらって来ると言い、
 高杉は興味を持ったのかそれについていった。
 アーネストと小松はワインセラーを探検中のはずだ。
 ゆきは桜智とクリスマスの飾りを屋根裏で探しているのだろうか。
 やはり新鮮な何を見つけられたら、とチナミと沖田は出て行ったのだが、
 果たして何処まで出かけたのだろうか。
 なんとなく調理担当になった瞬とそれに付き合う形で龍馬は台所を見ていた。
 調理台の傍の冷蔵庫ではなく、もう一台あったグロサリーの冷凍庫には、
 丸ごとの七面鳥が眠っていた。
 確か、最後にゆきがかけた母親との電話ではごちそうつくって待ってるから、
 と言っていたらしい。
 きっと丸焼きを出して驚かせようとしていたのだろう。
 分け隔てなく自分や祟にも愛情を注ごうとしてくれた蓮水の両親の顔が浮かび、
 瞬の手が一瞬止まった。

「どうしたんだ?」
「……なんでもない」

 まあいいが。と龍馬はひょいと眉毛を上げて行ってしまった。
 七面鳥のローストでメインは充分だろう。
 それに同じように冷えていたスモークサーモンとキャビア、
 冷凍されたひき肉が三種……これはミートローフにでもすれいいだろうか。
 甘いものはアーネストが腕を振るうと言っていたからあちらに任せるとして、
 あとはつけ合わせ、か。
 これでは肉ばかりだ。野菜は何か使えるものはあるだろうか。
 気配を感じて振り向くと、
 ゆきが心配そうな顔をして立っていた。

「瞬兄」
「なんですか、ゆき」
「龍馬さんが瞬兄の様子が変だって言ってたの。
 ちゃんと眠れてる?少し顔色が悪いみたい」
「そんなことはありません。
 それはそのまま貴方に返します、ゆき。
 ゆきこそ眠れているのですか」
「うん、ちょっと眠れて無いかも」
「どうして」

 ゆきはにっこりと笑う。

「……皆でパーティが出来て嬉しいから。それが楽しみで」
「もう、子供じゃないんです。
 体調の管理くらいきちんと出来るようになってください」
「瞬兄も、医者の不摂生でしょ」

 珍しく食い下がるゆきに、瞬は驚いた。
 大きな瞳でこっちを一心に見つめているゆきに、珍しく笑みを漏らす。

「俺はまだ医師免許は持っていません。
 …………そこまで心配させてしまったのなら気をつけます。
 ゆきこそはしゃぎ過ぎて熱など出さないで下さい」
「大丈夫だよ。
 瞬兄がいるから」
「……俺だっていつまでも貴方の傍にいられるわけじゃないんですから」
「どうして?」

 何の疑問も持たずに自分を見つめるゆきの信頼に一瞬胸が熱くなりながらも、
 瞬は気持ちを押さえ込んだ。
 こんなにぼかした言い様ではゆきにはつたわらないだろう。
 けれど伝えるつもりも無い。

「……ひとつでも多く良い思い出を残せるようにしましょう」
「飾りつけ終わったら、瞬兄の料理の手伝いをするね」
「わかりました、ゆき」

 瞬はこっそりとため息をついた。
 何があったとしても自分の思い出だけは持っていける。
 幸せな思い出を一つでも多く、貴方と作りたい。
 それがどんなに未練を残し、痛みにつながったとしても。
 俺は貴方との思い出を何一つ捨てることなんて出来やしないのだから。
 情熱も希望も冷やせれば良かった。
 けれど凍りついた心には鮮やかな思い出だけがいつまでも残るんだろうか。
 桜智さんと飾り付けの続き頑張ってくるね、と台所を後にしたゆきの背中を
 瞬は見えなくなるまで見送った。


背景素材:素材通り

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