2.きみをいろどる






 砂浜の砂ですらこんなに細かくは無い。
 手で触れてみてもどこまでもさらさらと感触すら残らず、
 いつの間にかに風に浚われ、消えていく。
 こんな砂は見たことは無いとチナミは思った。
 遠く遠く見渡す限りの砂の海。
 方向を間違えれば、蓮水邸に戻れなくなるかもしれない。
 視界から消えてしまわない範囲でしか探すことは出来ないなとため息をついた。
 現に風は自分たちの足跡を消し、気がつけば砂丘は形を変えている気がする。
 砂丘が姿を変えているのか、太陽の傾きが変わったせいか、
 そもそも時が流れているのかすらわからない。

「本当に何処まで行っても砂ばかりだな」
「……そうですね」
「何か新鮮な果物でも見つかればよいのだが。
 桐生が宴の為に新鮮な野菜が欲しいと言っていた」
「……そうですね」
「おい」
「……なんでしょうか」
「お前本当に俺の話を聴いているのか」
「新鮮な野菜か果物を探しているのでしょう?
 他に何か言っていましたか」
「い、いや。話を聴いていたならいいんだ」
「……そうですか」

 どんなに自分が意気込んでみても、沖田の態度はまったく変わらない。
 それでいらいらしても無駄だとわかっていても、
 もう少しやる気を見せたって良いだろうとチナミは思う。

「見つからなければ意味がありません」

 そしてこんな風に見透かしたようなことを絶妙な間で口にしたりする。
 悪気などというものはまったくないとわかっていても、
 チナミは自分の怒りの矛先を何処に向けたらいいのかわからず途方に暮れた。

「さて、何処に行けば良いのだろうな」
「……植物の生えている場所に行くしかないと思いますが」
「そうか」

 当たり前のように言った沖田を、チナミはぽかんと見つめた。
 こうして自分が先導して闇雲に歩いて着たのにただついて来ただけだと思っていたのに、
 沖田の方が実は考えていたのかもしれない。
 チナミは羞恥で赤くなった。

「どうしたんですか?」
「うるさい。
 じゃあ植物園に行くぞ」
「……わかりました」

 また黙って沖田はチナミの後をついてくる。
 これでは一人で行くのとかわらないではないか。

「オレ一人で行っても良かったのに、何でついてきたんだ」
「……ここは怨霊も出ますから。
 一人では危ないと思いましたが、いけませんでしたか?」
「そうか」

 当たり前のことを当たり前に答える沖田に、チナミは力が抜けてしまい、
 その後何もしゃべる気力が起きなかった。
 黙ったままで砂漠を越えて、植物園に着けば、
 乾いた砂に慣れた目には暴力的な程に映る緑が二人を迎えた。
 どういう状況ならこうなるのかわからない。
 かつてはきっと綺麗に整備された場所であったことを匂わせるものの、
 伸びすぎた植物は柵を壊し、あるいは軽々と乗り越えて、
 人間の手にはおえない別種の生き物のように繁っていた。
 観賞用の植物には多めの薬がかかっている可能性があると瞬が言っていたのを
 チナミは思い出し、食用に栽培されていたものと思しきものを探す。

「これはどうでしょうか」

 温室に実っていたのは真っ赤ないちご。
 確か、アーネストはあったらいいと言っていなかっただろうか。
 真っ赤に熟れ、良い匂いをさせている。
 チナミと沖田はそっといちごを摘み始めた。

「良いのでしょうか」
「このままここで誰にも摘まれることもないまま、
 朽ちていくよりはオレたちが食べたほうがきっといい……と思う」
「まあ僕よりはゆきさんに食べられたほうがきっといちごも本望でしょうし」
「ゆきに食べられる……?」
「この紅い果実が、ゆきさんの口に入っていくのは、きっと可愛らしいでしょうね」
「沖田ッ」

 真っ赤になって俯いたチナミを沖田は不思議そうに見つめた。

「僕はまた何か変なことを口にしましたか?」
「い、いや」
「じゃあ、どうしてそんなに赤くなっているんです?」
「気にしないでくれ」
「僕は思ったことを口にしただけなのですが、
 何がいけなかったんでしょうか」
「別に間違ってはいない」
「……そうでしょうか。
 でもこの甘い果実を口にして、ゆきさんが喜んでくれると良いんですが」
「くっ……」

 ぱくりと沖田はいちごを口にする。
 あ、甘い。
 微笑んだ沖田のほうを見ずに、チナミは

「オレは別のものを探してくる!
 お前はここでいちごを必要なぶん摘んでおいてくれ」

 走り去ったチナミを沖田は不思議そうに見つめると、
 ゆきの笑顔を思いながら丁寧にいちごを摘み続けた。



「おお、大漁じゃん」

 都が歓声をあげた。
 あの後、薄い緑の菜っ葉と、数種の野菜、林檎や柿などのくだものを
 チナミは見つけて、二人で抱えられるだけ抱えて帰ってきた。
 とりあえず、水をくれと言うと、ゆきがコップに入れた水をくれたので
 チナミと沖田はそれを一気に飲み干した。
 籠に入った戦利品をみて、ゆきが歓声を上げ、アーネストと手を叩いて喜んだ。

「いちご……!」
「strawberry、ですか。これでおいしいケーキが作れそうですね」
「うん、アーネスト、良かった」
「……ゆき、お前はいちごが好きなのか?」
「うん、大好きだよ。
 ありがとう、チナミくん。総司さん」
「いえ、僕はただチナミを手伝っただけですから」
「いちごを見つけたのは沖田だぞ」
「ゆきさんが好きなら……良かった。
 とても甘かったので是非試しに食べてみてください」
「うん、ありがとう」

 ゆきは、そっとペーパーナプキンを濡らし、いちごを丁寧に拭う。
 チナミはなんとなくそれを直視することができなくて顔を背け、
 いちごを口に運ぶゆきをそっと横目で伺い見つめた。
 ゆっくりとかみしめるようにゆきは頷き、満面の笑顔になった。

「……これ、すごく美味しい」
「そ、そうか」
「うん、すごく美味しいよ。
 パーティ楽しみだね。ありがとう。チナミくん。総司さん」
「貴方が喜んでくれて良かったです。
 けれど何だかなんだかうらやましいですね。
 …………そのいちごが」

 にこりと笑い、疲れたので暫く部屋で休みます言うとと沖田は何事も無かったように
 すたすたと歩いて行ってしまったのを呆然と一同は見送った。

「ああ、本当にそのいちごが羨ましいよ。
 私も……君の可憐な唇に……そう……食べられてしまえたら……ああっ………」
「あー……桜智はしばらく戻ってこないだろうから放っておこう、ゆき。
 早くしまってやらないと。いたんだら勿体無いからな」
「そうですね。
 ふふっ。
 でも、総司くんも油断できませんね。
 さらりとあんなことをMy beloved Princessに言うなんて……ね」
「お前もだ。サトウ。
 行こう、ゆき」
「えっ、あっ、都」

 都は籠を掴むと、台所へとゆきを連れて行ってしまった。
 アーネストがもうひとつの籠を抱えてそれを追いかけていくのを
 チナミは呆然と見送り、はたと我にかえれば、
 ソファに腰掛け一部始終を見守っていたらしい小松と目が合った。

「皆は行ってしまったよ。
 そのままでは君の功績が全て他人のものになってしまうが、いいのかなチナミ」
「……小松殿。
 いえ、良いんです……オレは」
「ゆきくんの笑顔が見られただけで良いとでも言う気?
 無欲なことだね。
 まあそれが君の良いところであり、悪いところでもある」
「そうでしょうか」
「褒めているんだよ。これでもね」

 あまり褒められている気がしないな、とチナミはため息をつき
 俺も疲れたので部屋に戻りますとそそくさとあるいていくのを、
 小松はくすりと笑うと、青春だねと呟いた。


背景素材:素材通り

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