3.お茶はいかが?






「ふうん、こんな風に入っているのですか」

 生クリームの紙パックをアーネストは興味深げに眺めた。

「期限とか、ちょっとわからないのが不安だけどなー」
「私から見ればこんな数字、信じられないほどの未来の日付ですよ」
「違いない」

 真面目に頷いた高杉に、都は一瞬ぽかんとして笑った。

「そっか、そういえばそうなんだよな。
 でも今日が何日だかわからないから、……まあ味見して確かめてみるか」
「とりあえず、泡立ててみよう。アーネスト」
「わかりました、ゆき」

 アーネストは優雅に片手で卵を割り、注意深く鮮度を確かめると、
 黄身と白身を別々のボウルに分け、計ってあった砂糖を入れて
 にっこりと笑ってボウルを高杉に手渡した。

「じゃあ高杉さんお願いしますね」
「何?」
「こういう力仕事の単純作業に貴方は向いていそうですから」
「電動泡だて器があるよ?」

 ゆきは首をかしげて、ボールを高杉から受け取ると、ホイッパーのスイッチを入れた。
 轟音を立てて回るその機械に、アーネストと高杉が呆然としている中、
 ゆきは淡々と黄身と白身をあっという間に滑らかに泡立てた。

「蓮水、なんだそれは」
「電気の力で回る泡立てる為の機械ですよ?」
「高杉、怖いのか」

 都がニヤリと笑うと、高杉は苦笑いして、

「いや、……便利だとはわかっているが、音が凄いな」
「ああ、音ね。確かにな。
 高杉お前怖いのか。普段銃や大砲だって打ってるだろ」
「こんな部屋の中で心の準備もなしにそんな轟音をたてられれば驚くものだろう」
「そういうもんか。
 ……まあ手を入れると指も飛ぶからな。
 気をつけろよ、ゆき」
「大丈夫だよ」
「Oh...It's so fantastic!
 素晴らしいですね。こんなに早くこんなにきめ細かく仕上がるなんて
 仕上げは私がやりましょうか」
「アーネスト、お願いしていい?」
「ええ、ゆき」

 アーネストがゴムベラで生地を混ぜ、ゆきが粉を振りいれ、
 最後にくるりと混ぜ合わせ、これでいいでしょうとアーネストは頷き、
 余熱してあったオーブンに流し込んだ生地を入れ、タイマーを回した。
 アーネストがオーブンをしみじみと眺める。

「このオーブンは凄いですね。
 温度と時間をこんなに簡単に管理できたらおいしいものが作れますね。
 普段かまどや、石炭のオーブンで焼いていましたから、
 これは是非我が大使館にも一台欲しいです」
「でもアーネストのスコーンはおいしいよ?」
「試行錯誤の繰り返しですよ。だんだんコツがつかめる様になるんです。
 季節によっても違いますし、困ったものですが」
「そうだよね」
「焼けるまで暫くかかりそうですから、お茶でもお入れしましょうか。
 My princess」
「うん、アーネストの入れてくれるお茶はとってもおいしいからお願いしたいな。
 高杉さん、都はどうする?」

 オーブンの前からくるりと振り返れば、都はひらひらと手を振った。

「あーわたしは緑茶がいいからいい。
 高杉もそっちのほうがいいんだろ」
「無論だ」
「家から玉露に、せんべいもくすねてきてやった。
 ゆきもたまには緑茶もどう?
 いただきもののとらやの羊羹もあるよ」
「アーネスト。
 都の入れるお茶もおいしいんだよ。
 たまには緑茶もいいかも」
「ゆきがそうしたいのであれば、それに従いましょう」

 日の当たるぽかぽかしたリビングに茶の用意がされていく。
 アーネストと高杉はまあ待っていろと都に言われ、黙って座って待っていた。
 運ばれてきた都が入れたお茶を一口含み、アーネストは感嘆の声を上げる。

「!
 これはおいしいですね」
「だろ〜」
「うむ。意外だな、八雲」
「都は煎茶道をやってたんだよね」
「そんな柄じゃないのにさ、親にやれやれって言われて面倒くさかったけど、
 まあ美味しい茶が入れられればオーライって感じかな」
「この玉露、ですか。ふくよかで、甘みがあって……素晴らしいです」
「高い温度じゃだめなんだよなあ〜」
「普段からお前が入れればいいだろうに」
「野郎のためにお茶汲みなんて誰がしてやるか。
 今日はゆきの為だから、特別」
「都ったら。
 でもこの羊羹も美味しい」
「なんてったってとらやだもん。どんどん食おうぜ。
 どうせお歳暮かなんかでもらったんだろうからさ」

 わいわいとお茶を楽しんでいれば、チンと軽やかな音がした。

「焼けましたか?」

 アーネストが串を刺せば、生地はついてこなかった。
 なめらかに黄金色に色づいたそれを、アーネストはとん、と台の上に置く。

「けえきというのはよくわからないが、
 この色は実に旨そうだ」
「これに泡立てたクリームといちごを飾れば完成です。
 良かった。無事に出来上がりましたね」
「まだ仕上げないのか」
「仕上げは完全に冷ましてからですし、
 飾ってしまうともたなくなりますから、パーティの直前にね」
「なるほど。
 貴殿がこういったものが得意だとは知らなかった」
「そうでしたっけ?」
「蓮水には頻繁に茶を振舞っていたようだが、
 我々は招かれたことなどなかっただろう」
「それも、そうですね。
 貴方とは膳を囲んで何度か話し合いの席は持ちましたが、
 一緒にお茶を楽しんだことはなかったかもしれません」
「いつかサトウ殿の入れた紅茶とやらも飲ませてもらいたいものだ」
「我が英国では食事に招くよりも、お茶に招かれるほうがより親密な間柄とされています。
 高杉さん、……まあ今の貴方なら、お呼びしてもいいでしょう。
 ゆきの家にある紅茶はどれも素晴らしい香りですから。
 こちらに滞在している間なら機会もあるでしょうし」
「楽しみにしているぞ」

 ケーキの焼ける匂いにひかれたのか、
 続々と台所に人が集まってきた。

「ふうん、いい匂いだね。これはサトウ君が焼いたの?」
「私とゆきの合作ですよ」
「……そう言われると少し面白くないね。
 でも君とゆきくんが焼いたのならきっと味も悪くないのでしょ。
 期待しているよ」
「その期待にはお応えできると思いますよ」
「ゆき、焼けましたか」
「うん。綺麗に焼けたよ」
「もう菓子は焼かないのですね。
 肉を焼いてしまうと匂いがつきますから」
「うん、もう大丈夫だよ。瞬兄。
 今度はお料理も手伝うね」
「わかりました」

 茶を楽しんだ形跡を見て小松が、眉を上げた。

「……こんなに楽しそうなことをしていたのに何故声をかけてくれなかったの?
 しかもこの色、この香り。玉露ではないの?」
「小松さんも飲みますか?」
「勿論、頂くよ」
「自分で入れろよな」
「都!
 ……わたしも、もう一杯飲みたいな」
「八雲、俺も」
「都がいれるのなら私も頂きたいですね」
「……ゆきが言うなら仕方ないな。
 わかったよ。
 もう一杯ずつ煎れてやればいいんだろ。
 瞬もいるのか」
「!!
 …………もらえるのなら」

 また文句言われたら面倒くさいから、全員に声をかけるぞ!
 都は照れたのか大声を出し、二階に茶を入れるから飲みたいやつは降りてこい!と
 叫ぶと大きな足音をたてながら台所へ行ってしまった。


背景素材:素材通り

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