世界の果てで君を待つ




  −5−


 緊張しながらコンコンとノックをすると、中からどうぞ、と声がした。
 幸鷹はドアを開けると、支度を終えた花梨が振り向いた。
 幸福感に息がつまる。

「綺麗です。とても」
「……そうかな?」

 はにかむようにして笑う笑顔は変わらない。
 やっと、やっと貴方と一緒に人生を歩むことが許された。

「待たせてしまって、すみません」
「……どうしたの?急に?」
「いいえ。貴方を16年も待たせてしまったなあと」
「でも16年ずっと一緒に時間を過ごしてきたんだよ。
 幸鷹さん」

 貴方が私を幸鷹さん、と呼ぶのは何年ぶりのことだろうか。
 何かがこみ上げてきて涙が滲んでしまう。
 遠回りして、やっと帰り着いた。貴方の元に。
 小さな子供になってしまった私を辛抱強く待ってくれた貴方にいくら感謝してもしきれない。
 これまで色々あった。
 色んな辛いことも、悲しいことも。
 でもこれからも貴方と生きていく。貴方と二人で。
 7歳の小学生だった私と16歳の高校生だった貴方が付き合い始めたときの
 周りの反発は大きかったけれど。
 離れることなんて出来なかったから、二人で乗り越えてきた。
 くだらないことで沢山の喧嘩もした。
 けれど愛おしい日々。
 23歳の私があの時、花梨と一緒に帰ってきていたら、すべて違っていただろう。
 花梨があの時京に残っていてもまた違っていただろう。
 でも二人で生きていくことは変わらない。
 それ以外を自分は選べない。
 自分は本当にワガママだなと思う。
 貴方を振り回してすまないと思う。愛しているからだけではすまないだろう。
 貴方は私がまた何かを考え込んでいるなという顔をしてみている。
 ああ、貴方にはまったくかなわない。

「まったく幸鷹さんはかわらないのに」

 頬を膨らませて悪戯っぽく貴方は笑う。
 貴方は綺麗になりましたよ。心からそう思う。
 年々貴方は魅力を増していく。
 追いつくのが大変な程に。貴方はまったくわかっていないけれど。

「幸鷹さんの大学の子にばばあって言われちゃった」

 幸鷹さんは素敵だからモテモテですからねー。
 ちぇーっと苦笑いする貴方を腕に抱く。
 また貴方を腕に閉じ込められるようになった日のことは忘れられない。
 貴方の背丈を越えた日。
 貴方曰く前より今のほうが背が高いらしい。
 文武両道でならした自分を超えたくて、運動にも勉強にも精を出した結果だろう。
 貴方に追いつきたくて、追い越したくて必死だった。
 でも貴方と一緒にいられてただ幸せで。
 それがこれからも続いていくことが。幸せで。
 貴方を幸せにしたい。誰よりも。その気持ちは変わらない。
 死の床で貴方に会いたいと願った最後の瞬間の後悔を、忘れてはいない。
 貴方がいなければ、私は幸せになれない。
 そう身を持って知った愚かな男の末路。繰り返しはしないあの過ちは決して。
 時々鏡を見るとき、孤独な男の面影を見るときがある。
 大丈夫、今は花梨と共にいる。
 今度は決して離さないから。
 そう語りかけるとその男は穏やかに笑って消える。

「貴方を幸せにします。必ず」
「わたしも幸鷹さんを必ず幸せにするよ。
 でもね、今までだって充分幸せだったよ。これ以上なんてないくらい」

 貴方は笑ってそう言ってくれる。
 コンコンとドアがノックされ、係の人が時間ですと告げた。
 私は慣れないドレスに身を包んだ貴方の腕をとる。
 迎えに来た花梨の父親に一旦花梨を預けると、複雑そうな顔をして父親は幸鷹を見た。
 必ず幸せにしますと誓いを込めて見返すと、父親は黙って頷いてくれた。
 先に教会の中に入って、花梨を待つ。
 ウエディングマーチのリズムに乗り、花梨と父親が歩いてくる。
 ヴェールの向こう側の花梨と目が合う。
 ゆっくり、ゆっくりリズムにのって花梨は幸鷹のもとへ一歩、一歩踏み出す。
 走馬灯のように思い出が駆け巡る。
 ここに祀られた神とは違うけれど、再度出会わせてくれた龍神に感謝を。
 加護を与えてくれた白虎に感謝を心の中で奉げる。
 父親から託された花梨の腕をしっかりと腕につかまらせて。
 歩いてゆこう、これからも二人で。
 幸鷹と花梨はウエディングマーチのリズムにのり祭壇へ歩き出した。
 ゆっくりと。


背景画像:【空色地図】

ここまで読んでくださりありがとうございました。【091015】
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