世界の果てで君を待つ
−4−
数人で遊びにいくとは聞いていたけれど。
これはダブルデートだ。
やられたと思った瞬間に帰りたかったけれどそういうわけも行かず。
困惑するまま時間は過ぎていく。
誘ってくれた友人にはもう付き合っている彼氏がいて、
もうひとりはつまり……そういうことなのだった。
別に彼のことが嫌いなわけではないけれど、どうしても幸鷹のことが頭をよぎる。
比べてしまう。
映画館では手をそれとなく握られたけれど、ドキドキしない。
ポップコーンを食べるふりをして自然に手を離したのだけれど、
彼は気付いていないらしい。自分が眼中にないということを。
ため息をついてみてもうまく帰る口実が見つからない。
映画館を出て、ショッピングモールを歩く。
何度か手を握られそうになって、それをどうにか回避して。
花梨はだんだん疲れてイライラしてきた。
帰りたいな。そう顔に出しているのに。
少し油断した瞬間に手を握られて一気に嫌悪感が募る。
離して!そう口に出してしまいそうになるのを懸命に堪える。
幸鷹さんじゃないと嫌だ。あの人以外となんて嫌だ。
手を繋ぐのも、一緒に歩くのも、あの人以外となんて。
幸鷹でないとだめだなんて、あの人はここにいないのに。
あの人の手を離してしまったのは自分なんだ。
絶対に離しちゃいけなかったのに。
どうして離れていられるなんて思えたんだろう。わたしも馬鹿だ。
自暴自棄になりそうな衝動を堪える。今は外で皆と遊んでるんだから。
いきなり泣いたりしたら皆に迷惑がかかる。でも…、でも……!
「花梨さん!!」
たたたと軽い足音がして反対側の手を幸鷹が握った。
小さな手のひらから伝わるぬくもりに、花梨の気持ちはたちまち冷静さをとりもどす。
何だよ、と不快そうな顔で彼は幸鷹を振りはらおうとするけれど、
幸鷹はしがみ付いて離れようとしない。悲しそうな真剣な顔で花梨を見上げる。
花梨はその瞳を見てわかった気がした。
その手の大きさなんて関係なかったのに。誰の手が差し伸べられたか。それだけが大事だったのに。
ごめんね!帰る!花梨は呆然とする彼の手を振り払うと、幸鷹の手を握って走り出した。
幸鷹は懸命に走るけれど、花梨の脚力にはかなわなくて。
よろよろとする幸鷹に気付き、花梨は立ち止まった。
「幸鷹くん、大丈夫?」
「花梨さんは足が速いですね」
はあはあと荒い息をしながら、でも嬉しそうに幸鷹は笑った。
一緒に来てくれて嬉しいと笑顔で伝えてくれている。
「どうして?」
「……花梨さんが他の男と手を繋いだりして、嫌だったんです」
そっぽをむいた幸鷹の顔が赤い。
かなわないな、花梨は自然にそう思った。
「どうしてここにいたの?」
「ママと買い物に来ていて。花梨さんたちを見かけたんです。
ママはいっちゃだめって言ったけど。ぼくは嫌で嫌で仕方なくて。
じゃ、勝手にしなさいってママは怒ってあっちのお店でコーヒー飲んでます」
幸鷹は下の階を指差した。
手すりから身を乗り出すと、下のオープンカフェでひらひらと母親が手を振っていた。
幸鷹との逃避行の一部始終を下から眺めていたんだろう。
笑いを堪えている。
花梨は気恥ずかしさで顔を覆った。
とりあえず幸鷹を送り届けなければ。
幸鷹に手を差し伸べると幸鷹は嬉しそうにその手を握った。
小さな手から暖かさが伝わる。
この手は前みたいに自分を包んではくれないけれど。
一生懸命好きだと伝えようとしてくれる。
小さな手は熱い。少し冷たかったあの手のひらとは違う。
けれど伝わってくる気持ちは同じだった。
花梨が笑いかければ、嬉しそうに笑い返してくれる。
その瞳は一生懸命貴方が好きだと言ってくれている。
「ごめんなさいね。こいつがワガママで」
「いいえ」
「でも、ありがとう」
母親の顔は笑っていたけれど、瞳は真剣だった。
母親は母親なりに幸鷹が心配なのだろう。
母親として……姉として。
「貴方が犠牲になることはないんだけどね」
「でも、幸鷹くんとまた出会えたんですから。これから一緒に過ごしていけるんですから。
……時空を隔てた先にいるんじゃなくて、こうやって一緒にいられるほうが、大事です」
後悔は幸鷹さんがかわりに全部引き受けてくれたんですから。
くしゃりと顔をゆがめた花梨を母親が抱いた。
本当に馬鹿なんだから。
その言葉は母として言った言葉ではなく、幸鷹へ向けた姉としての言葉だったのかもしれない。
きょとんと二人を見つめる幸鷹の頭を母親はくしゃりと撫でた。
「ユキ。大事なこと忘れてない?
次に花梨さんに会えたらお誘いしようって言っていたでしょ?」
「あっ」
幸鷹はごそごぞとかばんの中を探す。
そして買ったばかりのクリスマスカードを大事そうに取り出した。
「あの、もし良かったら。
クリスマスパーティをするので、来て下さい」
花梨は震える手で受け取る。
幸鷹さん、いつか貴方とクリスマスを祝いたかった。
覚えていてくれたの?
「ぼくはずっと貴方とクリスマスしたかったんです。
これでやっと夢が叶います。これからもずっとぼくとクリスマスを祝って下さい。毎年」
花梨が幸鷹に抱きついたので、幸鷹は必死で受け止めた。
その胸は花梨を包むほど広くはない。けれど、幸鷹はやさしく花梨の頭を撫でた。
その小さなてのひらで。