世界の果てで君を待つ
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最後に見た貴方の顔は、泣き崩れた顔だった。
よかれと思った決断だった。私だって貴方と一緒にいたかった。
けれど貴方をこの世界に残すことも、私があちらに帰ることも出来なかった。
私は自分の仕事を遣り残すこともできず、
貴方を邸の中に押し込める生活をおくらせることも考えられなかった。
貴方に幸せになってもらいたかった。
これは私の我侭。わかっている。
貴方を失って初めて、貴方が私の心の中をどれだけ占めていたのか知った。
喪失感に打ちのめされながら私はそれでも自分の役目を放棄することも出来ず。
他の女性を愛することも出来なかった。
そして今天寿を全うする。僥倖なのかこれは罰だったのか。
貴方を失った痛み、空虚な気持ちを抱えながら生き続けた今までの時間は。
自分の望む仕事をし、老いた母を看取り心残りなどない。
精一杯頑張った。貴方に誇れるような人生を送った。
貴方に会いたい。
もう時空を隔ててしまった貴方にもう一度逢えるなら。
もう一度逢えるのなら。
龍神よ。白虎よ。貴方に請い願う。
もう一度愛するあの人に出会わせて欲しい。
あの人への愛は魂に刻まれて、もう忘れることなど、出来ない。
「花梨」
貴方と生きたかった。
私は愚かだったのだ。貴方なしで生きられるはずなどなかったのに。
貴方の傍にしか私の幸せはなかったのに。
貴方の面影は今も色あせることなく胸にある。
輪廻転生が本当にあるというのなら、もう一度貴方の傍に。
貴方が流した涙を拭う機会を私に。
貴方ともう一度出会う、奇跡を。
ざわめく街の雑踏、車の音。確かにここは現代だ。
もとの世界に戻ってきた花梨は喪失感に立ち尽くす。
……ここは。あの日だ。
手には色の変わった紅葉の葉。
周りにいるのは同じ学校の生徒達。下校中の彼女達は何事もなかったかのように歩いている。
何もおこらなかったのだろうか。そう錯覚してしまうくらい何も変わっていない。
そんなことはない。あれは本当におこったこと。
だってこんなに胸が痛い。
最後に手を伸ばしたわたしの手を貴方は掴んでくれなかった。
ただ優しい、悲しそうな顔でわたしを見ていた。
幸鷹さんの馬鹿。
何であんなに意地っ張りなの。
何で一緒にいてくれないの?
貴方はまだわたしが若いから、きっと他の誰かを好きになってすぐに忘れるって言ったけど。
そんなの、無理だよ。
何で運命だって信じてくれないの?
わたしは運命だって思ったのに。一緒にいたかったのに。
どんなに大変でも、外を自由に歩けなくなっても、幸鷹さんと一緒にいたかったのに。
だったら何で両想いなんてなったの?何でそんなに優しくしたの?
帰るつもりがないのなら、何でもっと早くわたしを突き放して、遠ざけてくれなかったの…………?
ひどい。
そう思うのに、貴方が好きだと今でも思う。本当にひどい人。あなたは。
「馬鹿」
ひとり帰ってきてしまったわたしは、道の真ん中で泣くこともできず、
叫ぶこともできずに立ち尽くす。
ただ涙が溢れてくる。ぽたぽたと。
こんな学校の傍でなんか泣いていたらおかしいと思われる。……早く帰ろう。
安心して泣ける場所なんて自分の部屋以外思いつかない。
きっとお母さんの顔を見るなり泣いてしまうな。
でも今は、泣くことしか出来ない。
早く帰ろうと走り出した花梨にどん!と何かがぶつかった。
下を向くとランドセルを背負った子供。
慌てて下を見ていないからこんなことになるんだ。
動揺しっぱなしの自分に舌打ちしたい気持ちで、花梨はしゃがみ、
ぶつかって転んだ子供に手を伸ばす。
その子は丁寧な仕草で泥を払い、そして言った。
「会えて良かった。私の神子殿」
と。