クリスマスに雪は降らない




  −3ー


「これを貴方に」

 そのプレゼントの包装紙は貴方も知っているだろう。
 貴方が入りたがったあの店の包装紙だ。
 貴方は不思議そうにそれを見つめて、開けていい?と言った。
 どうそ、そう言った俺の声は緊張で少し震えていたかもしれない。
 貴方の気に入りますように。
 あの店のものはたいてい貴方の好みだとは知っているけれど。
 選んだそれが貴方の好みでありますように。
 俺が思う貴方に一番似合いそうなものを探したけれど、
 ……どうだろうか。
 今思うと不思議で仕方ないけれど。
 あちらに渡る前に用意したそれは、涙型のムーンストーンのついたペンダント。
 少し輝きは違うし、小さいけれど。なんとなく雰囲気が白龍の逆鱗に似ていた。
 チェーンは少し華奢目に、短めに。
 貴方の鎖骨の上をさりげなくそれが飾っていてくれればいい、そう思いながら選んだ。
 王冠型のペンダントトップと最後まで迷ったけれど、
 そのムーンストーンの柔らかい輝きのほうが貴方に似合う気がしてそちらに決めた。
 貴方が喜んでくれますように。
 祈るように貴方を見つめれば、貴方は丁寧に包装紙を開いて。
 歓声をあげてくれた。

「綺麗!!」

 その驚きに満ちた笑顔にまずはほっと胸をなでおろす。
 そしてじんわりと喜びが満ちてきた。
 その笑顔が、見たかった。
 最近貴方とぎくしゃくしてしまっていたから。久々の笑顔が嬉しかった。
 俺のつまらないこだわりが、貴方から笑顔を奪っていく。
 たまらなかった。
 折角貴方と帰ってきたのに。貴方は俺を選んでくれたのに。
 でも貴方と兄さんが積み重ねてきた時間が垣間見えて。
 何もかもこれからだとわかっているのに。
 自然に染み付いた貴方の習慣に嫉妬してしまう。
 俺は本当に馬鹿だな、そう思うのに。
 貴方が俺を選んでくれたのならという、期待がそうさせるのかもしれなかった。

「譲くん、似合う?」

 嬉しそうに笑って、貴方はペンダントを首に当ててみる。
 俺が思っていた以上にそれは似合っていて。
 それを贈ったのが俺だということが誇らしかった。

「似合いますよ」
「本当に?じゃあ譲くん、つけてくれる?」
「えっ」
「だって、これチェーンが短いから自分でつけにくいんだもん。
 細いから壊しちゃわないか不安だし」

 貴方は俺にそれを渡すと、くるりと後ろを向いて、髪を手で束ねた。
 無防備に晒されたその白いうなじに、一瞬胸が高まる。
 震える手で一瞬首筋に触れてしまい、貴方はくすぐったそうに笑った。
 緊張しながらペンダントを首に回し、留め金をかける。
 なかなか上手くかからないことに焦りながら、なんとか留める。
 ペンダントはしっくりと貴方の首筋を飾った。
 もとから貴方のものであるような輝きで。

「似合う?」
「似合います」
「本当に?」
「本当です。俺はあの日それを選んだ俺をほめたい気分ですよ」
「……いつ買ってくれたの?」
「あちらに渡る前です。
 不思議ですね。逆鱗に少し、似ています」
「そうだよね。小さくて可愛いけど、ちょっと似てる。
 ……男の人ってこういうの買うのに勇気がいるって言うよね?」
「……ものすごくいりますよ。
 俺はこういうものがよくわからないから散々迷いました。
 結局お店の人にアドヴァイスを貰って。時間がかかったけれど、妥協せずに選びました。
 だからあの日あの店に入ろうとしたら、店員さんが俺を覚えていて小さく手を振ったんです。
 ……恥ずかしくてしばらくあの店には俺は入れません」
「そうだったんだ」

 こんなこと話すつもりは無かったのに。
 なんて格好悪いんだろう。
 でも貴方は本当に嬉しそうな、綺麗な笑顔で

「ありがとう。嬉しいよ。
 ……これをつける時は、譲くんにつけてもらいたいんだけど、いいよね?」
「俺は、構いませんが。
 どうしてですか?」
「何か、こう……譲くんの彼女になったんだなあっていう実感がわいて。
 幸せだなーって思えたから」
「彼女、ですか」
「……違うの?」
「違いません」

 即座に答えた俺を貴方は笑うけれど。
 そう言ってもらえて俺にどれだけの喜びが、自信が湧いたか貴方にはきっとわからないだろう。
 俺もそのペンダントをつけるとき幸せでしたよ。
 貴方は俺のものだと、そんな風に感じられて。
 ああ、俺は本当に独占欲が強いな。貴方に呆れられてしまうだろうか。

「じゃあ次のデートではこれをつけていくね。
 駅で待ち合わせとか出来ないね。これをつけてもらわないといけないし」
「次の……デート、ですか」
「行かないの?」
「誘っても、いいんですか」
「?
 折角冬休みになるんだよ。どっか出かけようよ」
「そうですね」
「初詣も行こうね、八幡様に……二人で」
「行きましょう」
「初日の出も見たいなー」
「先輩、朝起きられるんですか?」
「……譲くんに起こしてもらうよ。あっちにいた時みたいに」

 何事も無かったかのように貴方は笑って。
 俺は心底ほっとする。
 もう二度と誘わないで、なんていわれたらとそればかり考えていたから。
 ほっとして貴方を見つめていたら。
 貴方は思い出したようにツリーの下におかれた包みを取り出した。

「はい、プレゼント。
 譲くんがくれたものにはかなわないけれど。開けてみて」

 包みを開けたら。
 蓋つきの白い磁器のカップが出てきた。
 緑の模様が綺麗だ。
 見つめていたら、貴方は自分の鞄から自分用のお揃いのカップを取り出した。
 ……ペアカップ。
 じんわりと喜びが駆け上がってきた。
 貴方はこれでふたりで飲みたいと思ってくれるのか。
 値段なんて関係ない。
 二人で一緒にいたいと貴方が願ってくれるこそこそが俺にとっての奇跡。

「こっちにおいておいていい?
 家で使ってもいいんだけど、なんか並べて置いておきたいな、と思って」
「かまいませんよ。
 ……食器棚に並べるのは少し照れくさいですが」
「そうだね、ちょっと恥ずかしいね」
「俺の部屋においておこうかな、いや、でも幸せを感じていたいから。
 食器棚においておくことにします。
 ……いいんですね?」

 貴方と俺がつきあっていると、俺の家族に知られることになりますが。
 そういう意味合いを込めて言った言葉に、貴方は少し赤くなりながら頷いてくれた。
 ほっとしたらお腹すいたね。
 貴方はそう言ったので、俺も空腹を自覚する。
 正直、盛り上がらないパーティと、ぎくしゃくしてしまった貴方との関係で緊張して
 あまり食欲が無かったのだ。
 余ったローストチキンをスライスして、残ったサラダと一緒にパンに挟む。
 少し考えてピクルスとマスタードを添えた。
 貴方がくれたカップを丁寧に洗って、お湯を沸かした。
 俺はアールグレイ、貴方にはアッサムを濃い目に入れる。
 貴方は濃い目の紅茶にはちみつとミルクをたっぷり入れるのが好きだから。
 簡単にローテーブルの上を片付けて、ソファに貴方と座る。
 貴方は俺にもたれて座った。

「来年はもう、みんなでパーティしないのかなあ」
「俺たちももうみんな大きくなってましたからね。もしかしたら兄さんがいても、
 来年はなかったかもしれませんね。兄さんと、先輩は来年受験でしたし」
「ああ、言わないで〜」
「でも俺は別にいいですよ」
「えっ、寂しくない?」
「…………俺は、貴方と二人でこうやってクリスマスが出来たらそれでいいんですよ」

 貴方はかぶり付いたサンドウィッチをくわえたまま俺を凝視した。
 俺は恥ずかしさの極致で貴方の顔をまともに見れなかったけれど。
 それは本当の、俺の気持ちだったから。

「まあ、そうだよね。
 二人っきりでいられるうちは、二人がいいな」
「……どういうことですか?」
「だって、こどもが生まれたら。
 きっとまたみんなでお祝いするんだよ、この家で」

 貴方は照れていたけれど、にっこりと笑ってくれた。
 俺はそこまで夢を見ていなかったのに。
 貴方はそこまで考えてくれるんですか?
 ……それが今思いついた単なる思いつきでも、それは俺を幸せにした。
 貴方の左手の薬指を凝視する。
 いつか、そこを飾る指輪を貴方に、贈りたい。

「…………今年のプレゼントはペンダント、でしたが。
 いつか」

 いつか。
 じっと見つめた、俺の期待に応えるように、貴方は目を閉じてくれた。
 それなのに俺はなんとなく貴方の期待を裏切りたくなって。
 貴方の左手の薬指に優しくキスをした。
 びっくりして、声を洩らした貴方は、目を開けた。
 至近距離の貴方の眼差しに俺は照れて、眼鏡を外す。

「先輩。……いいんですね」
「……、うん」

 うつむいた貴方の唇を下からすくい上げるように、啄ばむように唇を重ねた。
 初めて、唇と唇が、重なる。
 漏れる吐息に何も考えられなくなりそうで、俺は唇を離した。
 これ以上は。押さえがきかなくなりそうな自分を抑える。
 くたりと俺に身を預けた貴方が愛おしい。
 今貴方が俺の腕の中にいることがたまらなく幸せだった。
 窓の外を見れば、星空が広がっていた。
 それはあちらとは違って光は霞んでいたけれど。

「クリスマス、雪が降ったら……良かったのかな?」
「確かに、サンタクロースはそりでは走れませんが。
 俺の幸せは貴方が運んできてくれたから、いいんですよ」

 それに。
 知っていましたか?
 南半球で祝われるクリスマスではサンタはアロハシャツを着ているんですよ。
 あちらは今、真夏ですから。


背景画像:空に咲く花

言葉にならないに続いています。よろしければ。
お気に召していただけたらぽちっとして頂けると幸いです