クリスマスに雪は降らない
−2ー
この前はあんなに幸せだったのに。
今どうしてこんなに哀しい気持ちで一緒に歩いているんだろう。
何であんなに譲くんはあんなに頑固なんだろう。
一緒に見たかったのに。
わたしはあのお店のディスプレイが好きで、よく見に行っていた。
将臣くんなら。
どうせ寄るんだろって、その一言で通じたのに。
……毎年買いにいっていたお店も、譲くんにはわからないから。
一瞬場所がわからなくて、迷って。
何で毎年来てるのにわからないんですか、っていう一言に思わずかちんと来てしまった。
だって将臣くんが覚えていてくれるんだもん。
その一言に。
やっぱり兄さんと一緒の方が楽しかったんじゃないですかって。
譲くんはそう言ったきり、むっつりと黙り込んでしまった。
譲くんはそんなに口数の多いほうじゃないけど。
普段はやっぱり気を使ってそれなりにしゃべってくれていたんだなと思った。
笑顔が浮かんでいない顔を、こっそりと眺める。
やっぱり睫が長いな、とか。綺麗な顔してるな、とか。
他人行儀な目線で譲くんを眺めたことがなかったから発見が多い。
端正な顔をしている人が黙っているとそれだけでなんだか怖いよ。
ただでさえ、譲くんは目に力があるのに。
眼鏡で譲くんはそれを隠しているけど。
初めてのデートだったのに。
そんなにおしゃれとかしてないけど。
髪をちゃんととかしてみたり、グロスを少しつけてみたり。
譲くんに可愛いって思ってもらいたかったのに。
何で二人でむっつり黙っているんだろう。
さっきまで繋いでいた手は、なんとなく離してしまってから繋げないままだ。
極楽寺の駅を降りてとぼとぼと歩いている。
いつもと同じ道のりなのに。長く感じる。
……楽しいはずのクリスマスなのに。
買ってきたものも楽しく過ごすためのものなのに重く感じる。
譲くんは持ってくれるっていってくれたのに。
なんとなく意地を張って。自分で持つと言い張って。
そうですか。と言った譲くんは一瞬悲しそうな顔をしたけれど。
また無表情に戻ってしまった。
こっそりため息をつく。
クリスマスのディスプレイとか、イルミネーションは心弾むものばかり。
それを初めて好きになった人と見たかったのに。
譲くんのバカ。
心の中で何度悪態をついただろう。
……譲くんは立ち止まってわたしを一瞬見た。
何だろう、そう思ったら。途中でスーパーによるって。
パーティの料理の方の買出しも俺がしなくちゃなりませんから。
時間がかかるから。ここで別れましょう。
そう言って、譲くんは行ってしまった。
家まで送ってくれないの?一緒に帰りたかったのに。
泣きそうになりながら、家に帰った。
お母さんに入れてもらったココアが暖かくて少し、泣いた。
明日は、クリスマス・イヴ。
このままでいいのかな。そう思いながら。
メールを待っていたのに。メールも来なかった。
二学期の終業式。明日から冬休み。
今晩はクリスマス・イヴ。
有川家と春日家合同でパーティをしてきた。
将臣くんがいなくて。今年もあるのかな、と少し疑っていたけど。
今年もあるみたいだった。
でも将臣くんがいなくてどうなるのかな。
わたしと譲くん、なんとなく喧嘩しているみたいな微妙な感じなのに。
そんなので盛り上がるのかな。少し嫌な予感がしたけれど。
冬休み中の部活についてのミーティングがあるので、先に帰ってくださいと譲くんからメールが入った。
ため息をついて学校を出る。
成績表は可も不可も無く。いつものとおり。
譲くんにプレゼント買ってなかったな。買って帰ろうと思いつく。
あのお店にならあるかな。譲くんはシンプルで実用的なものが好きだから。
喧嘩をしていても、好きな人の為に何を選ぶのかと考えるのはわくわくする。
仲直りできたらいいな。
そう思いながら、見つけたのはペアのカップ。
白地に緑の模様のものと、赤い模様のもの。
中には茶漉しも入ってるし、ちゃんと蒸せるように蓋もついている。
これなら紅茶も飲めるし、譲くんは中国茶とか、ハーブティも凝っている。
ふたりでお茶をのんで、仲直りできたらいいな。
そう思いながら、ひとつをプレゼント用に包んでもらった。
どうやって渡そう。
みんなが見ている場所で去年は渡してきたけれど、今年は恥ずかしくて渡せそうにない。
……譲くんの料理もケーキも楽しみだな。
そう思いながら家に戻った。
そして困った。いつもディスプレイには将臣くんの力を借りていたから。
高いところも簡単に飾りつけしてくれていたし、センスも信用できた。
そんなにごちゃごちゃ言わないのに、良い、悪いって判断してまとめてくれた。
わたしのやりたいことをわかってくれていた。
譲くんは台所で、料理にかかりきりだ。
途方にくれそうになっていたら、譲くんのお父さんとお母さんが助けてくれた。
なんかお嫁さんみたい。気恥ずかしくなってしまう。
どうしても遠慮してしまうせいか、なんとなく納得のいかない出来になってしまった。
悪くはなかったけれど、少し落ち着いていたというか。
将臣くんのいないパーティは。大人っぽくて落ち着いていて。
将臣くんがムードメーカーだったんだなってわかって寂しかった。
譲くんの料理はおいしいのに。一生懸命盛り上げても。上手くいかない。
もう子供も大きいから。
今年でみんなでパーティするのはおしまいかなあと親同士で話をしているのを見て、
なんとなく申し訳ないような気がしてしまう。
他のみんなには去年までの楽しかったパーティの記憶はない。
将臣くんのお父さんとお母さんなのに、将臣くんのことを覚えていない。
それが寂しくて。ソファでぼんやりしていたら。
もう遅いからお開きにしましょうと声がかかって。
お父さんとお母さんはおいとましましょと言ったけれど、
わたしは片付けを手伝うからと居間に残った。
譲くんは黙々と片付けに入っている。
譲くんのお父さんとお母さんはワインを飲みすぎて、早々に寝室に引き上げていってしまった。
わたしもディスプレイを外す。
まだ、プレゼントを渡せていない。
ツリーの下においてある袋の中にそれは入っているのに。
譲くんと今日、まだちゃんと話が出来ていない。
話、したいな、と思っていたら。
譲くんが台所の片づけを終えて、高いところにあるディスプレイを外しながら声をかけてきた。
「今日、疲れたんじゃないですか?」
「うん、少し。譲くんは?」
「……俺も、少し。
先輩一生懸命盛り上げようとして頑張っていたのに。
うまく出来なくてすみません」
譲くんは、ちゃんとわかってくれていたんだ。
わたしが今日パーティをもりあげようと頑張っていたこと。
「俺も上手く出来たらいいんですが、兄さんのようにはいかなくて。
俺たちは兄さんがいた去年までのパーティを覚えているからあんなふうにしたくて
頑張ってしまったけれど。みんなはそれを覚えていないから。
あれで普通だと……思っていたんでしょうね」
「うん……」
「やっぱりそういうのは堪えますね」
はっとしてわたしは譲くんを見た。
譲くんは寂しそうな顔をして笑って見せてくれた。
「余裕が足りなくて、すみません。
やっぱり兄さんがいないのは慣れなくて。……おかしいですね。いつも家にいたわけじゃないのに。
うっかり今日兄さんはいつ帰ってくるんだろう。晩御飯どうするのかなとか、
父さんや母さんに口にしてしまいそうになるんです。
父さんも母さんも兄さんのこと覚えていないのがやはり妙で、慣れなくて。
元の自分の部屋のドアをつい開けそうになってしまいますし。
今日も、少し料理を作りすぎてしまいましたし。
いつもみたいに七人分、作ろうとしてしまうんですよね。
慣れって、恐ろしいです」
「そうだね……。
わたしも将臣くんがいなくて、寂しい」
「やっぱり、兄さんのほうが貴方には合っていたのかな」
ぽつりと譲くんは洩らした。
わたしは目を見開いて譲くんを見る。
「貴方と、出かけられるのが嬉しかった。何をしたいとか、見たいとか馬鹿みたい考えて。
でも貴方と兄さんにはきっとお決まりのコースがあったんでしょう?
毎年クリスマスの買出しのコースが。
貴方は無意識にそれを辿ろうとして。俺は兄さんと貴方の歴史みたいなものを感じてしまって。
そんなことで拗ねる俺は本当に子供だと思うんですが。なんだか悔しくて。
貴方は、自分が毎年行っていた場所を覚えていなかった。
それはいつも兄さんが覚えていて連れて行ってくれていたからでしょう?
先輩の兄さんへの信頼みたいなものが見えて。
……俺がうちで毎年料理を作っている間、貴方達はそうやって歩いていたんだなとか
考えてしまったらとまらなくて……、
あんなふうにひとりで貴方を帰すつもりなんてなかったのに」
「あそこでひとりにされて寂しかった」
「すみません。
でもあそこで一緒に帰ったら、なんだか最低なままで初めてのデートが終わってしまう気がして。
……いや、実際終わってはいるんですけど、その、なんとなく嫌で。
……そこで放って帰るなんて最低だと思うんですが。
一旦家に帰ってしまったら、きっともう立ち上がれないくらい疲れきっていて。
でも買出しはしなくちゃいけないし、貴方は重い荷物をもっていたし。
…………すみません」
「あの後メールもくれないなんて、酷い」
「……すみません」
うな垂れた譲くんにわたしはため息をついた。
譲くんは譲くんなりに色々きっと考えているんだろう。
でも、そんな風に思うなんて。
わたしのことを信頼してないのかな、と哀しくなった。
「わたしは、……確かに毎年将臣くんと一緒に行ったお店だったけど。
譲くんと見たかったの。譲くんに見せたかったの。
来年も再来年も一緒に見たいって思っていたの。
でも、譲くんはそういう風に寂しかったんだね」
「すみません」
「あのお店もわたしは譲くんと見たかったのに」
「あそこはちょっと……」
ちょっと?
急にさらにしどろもどろになった譲くんを胡乱な目で見つめれば。
譲くんは大きく息を吐いて、
少し待っていてください、とわたしを居間に残して自分の部屋に戻った。
そして持ってきたのは綺麗な小さなプレゼント。
譲くんは耳まで真っ赤になりながら、それを渡してくれた。