Be My Valentine
−3−
久々に貴方の姿を校内で見て胸が熱くなった。
貴方が校内にいる。そう思うだけで無意識に貴方の姿を探してしまう。
教室に立ち寄れば、自然とクラスメイトは貴方を呼んでくれる。
駆け寄ってくれる貴方。
たった数分の休み時間でも貴方に会えるのが嬉しい。
もうすく、貴方はここにいなくなる。
わかっていても、寂しさは消えない。
でも一年前よりは少し自信がついたかもしれない。
同じ学校に通っていなくても、離れるわけじゃない。それが別れじゃないと。
チャイムがなる直前に別れ、教室に戻る。
今年もいくつかチョコレートを貰いそうになったけれど、
きっぱり断ることが出来た。
俺には先輩がいるから、と。
去年よりも相手を少し思いやることが出来たのは少し心に余裕が出来たせいだろうか。
去年まではただ煩わしいだけだったけれど、今年は少し違う気がした。
部活を終え、図書室に行けば、やっぱり貴方は眠っていた。
「先輩、終わりましたよ。待たせてしまって、すみません」
「ん?ゆずるくん?」
その無防備な顔。誰にも見せたくない。
俺だけに見せて欲しい。不意によぎったその考えを頭を振って捨てる。
「……帰りましょう?」
「うん」
貴方が立ち上がる。
手を差し伸べれば迷わず握ってくれた。
校内を出て、坂を下れば夕日が沈んでいくのが見えた。
そして駅舎のイルミネーションが点灯する。
「もう、イルミネーションが終わるね」
「……今日で終わりでしたね」
「譲くんと見れて良かった」
「はい」
きゅっと力を込めれば、貴方も握り返して、えへへ、と笑った。
ホームに滑り込んできた電車に乗る。
こうやって一緒にあと何度帰れるんだろうか。
そんな考えに囚われそうになった時、貴方が覗きこんできた。
「今日、どうするの?」
「えっ、ああ……。簡単でちょっと楽しめそうなものを用意しようかと」
「楽しみ」
「一緒に準備できるものにしたんです。
ちょっとだけ買い物しますから、つきあって貰えますか?」
「勿論」
いちごとバナナとビスケット、そして板チョコレート。
生クリームは残りがあった筈だから必要ない。
買い物籠の中身を見て貴方は首をひねる。
貴方の顔には素直に感情が出るから。俺は笑いを堪えて会計を済ませ、
家までの道のりを手を繋いで歩いた。
制服を着替えたら、台所に集合しようと約束をして別れる。
部屋に戻り、制服を着替えて簡単に部屋を片付ける。
そうしているうちにインターフォンが鳴った。
貴方が来たんだろう。
階段を下りれば、貴方が台所で待っていた。
「何するの?」
「チョコレートフォンデュです。
すぐに出来ますから、手伝ってくれますか?」
「わたしに出来ることならやるよ!」
「……大丈夫ですよ」
湯を沸かし、お茶を用意する。
洗ったいちごのへたを貴方にとってもらっている間に、
チョコレートを刻み、耐熱容器に生クリームと一緒に入れて
電子レンジにかける。
フォンデュ用の鍋をひっぱり出した。
そんなに回数をやっていないから固形燃料も少し残っている。
これだけあれば充分だろう。
バナナといちご、ビスケットを盛り、フォンデュ鍋にチョコレートを移し替えた。
ねえ、ここでやらないの?と興味津々で眺めていた母さんにごめんと言い、
そろりそろりと俺の部屋に運ぶ。
ドアを閉めた途端に二人で笑ってしまう。理由なんかない。
「じゃあ、はじめよっか」
「はい」
いつものサイドテーブルに座って、貴方は神妙な顔でいちごをチョコレートにくぐらせた。
ぱくり、と食べた後広がった貴方の笑顔に俺はほっとする。
「おいしいですか?」
「うん。
おいしいし、こういうのちょっと楽しいよね」
「こういうのも、いいかなと思ったんです。
どちらかが準備するとかじゃなくて、一緒に準備出来たら楽しいかなと」
「うん。
料理っていうほどのことじゃないけど、上手く出来ると嬉しいね」
「……喜んで貰えて嬉しいです」
貴方は笑顔で、いちごをチョコレートにくぐらせる。
貴方の口に入ると思っていたそれは俺の顔の前にあった。
「バレンタインのチョコレート、だよ」
貴方の一瞬照れたような笑顔に、胸いっぱいに幸福感が広がっていく。
「……いただきます」
「どうぞ」
照れたせいか緊張して上手く口に入らず、チョコレートが
口の周りについたのがわかった。
広がるチョコレートと、いちごの香り。
「どう?」
「……甘いですね」
貴方の手が伸びて来て、俺の唇を拭うと、ぺろり、とそれを舐めた。
その仕草にドキっと鼓動が跳ねる。
「うん、甘いね」
「……じゃあ、俺からも。Be My Valentine.」
いちごにたっぷりとチョコレートをつけ、貴方に差し出せば
貴方はそれに被りついた。
たっぷりとついたチョコレートは当然貴方の唇に残っている。
ぺろり、と舐めれば、貴方は驚いて後ずさった。
後ずさられたのが少し面白くなくて貴方の手をとれば、
貴方は観念するように目を閉じたので、軽くキスをした。
俺がキスしたいって貴方はいつからわかるようになったんだろう。
……俺の顔にそう書いてあるのかもしれない。
「もう!」
「イヤ、だったですか?」
「そんなこと、ないけど」
「いちご、食べてくれたじゃないですか」
「…………Be My Valentineってどういう意味?」
「俺の恋人でいてくださいって意味ですよ」
貴方は一瞬ぽかんとして、そして照れて俯いた。
くすり、と笑えば、貴方も照れたように笑った。
俺はポットから紅茶を注いて、貴方に勧めた。
貴方は甘いね、とそれを口にする。
「……それにしても譲くんって料理上手だよね」
「今日は料理って言うほどのことはしていないですが」
とかしたチョコレートは当然甘くて、珍しく貴方の飲むミルクティーは無糖だ。
「進路どうするの?コックさんとかになるの?」
「……いいえ。
俺はプロにはなれないと思います」
「勿体無くない?」
「料理は好きですから、作ることは止めないとは思うんですが。
俺は、家族とか貴方以外の誰かの為に料理を作りたいと思えないんです。
貴方に喜んで欲しかったからずっと頑張れたんです。
だから料理関係には進みませんよ」
「そっか」
「貴方専属のコックにいつかなりたい、と思っています」
ほんと?嬉しいな〜なんて貴方は笑っている。
受け取り方によってはこれはプロポーズだ。そう思いついて緊張してみても、
貴方はそんな受け取り方は勿論しない。
こんな遠まわしな言い方じゃ貴方にはプロポーズにはならないか。
楽しそうに笑う貴方を見るのは久しぶりだ。
今はこの顔が見られただけいい。
……明日どんな結果が出ても。貴方はきっと受け止められるだけの強さを持っている。
まだラストチャンスじゃない。
貴方は勝負強いから負けたりはしないだろう。
でも出来れば、安心させてあげたい。
明日いい結果が出てこの笑顔が続きますように、俺は心の中で祈った。