Be My Valentine
−2−
いつからこんなに素直に甘えることが出来るようになったんだろう。
思い出せない。
ちょっとだけこうしていて、なんて抱きつくなんて。
セーターの向こう側から譲くんの暖かさや、心臓の音が伝わる。
とくん、とくん。生きてる音。
暖かい音。
その音を聞きながら、安心感に包まれる。
ずっと昔から譲くんや将臣くんには頼っていたような気がする。
けれど、こんな風に気持ちを預けるとか、弱音を吐くとか、
……胸にもたれてみるとか。
こんなことをいつのまにか当たり前にするようになって。
譲くんはそれをしっかりと受け止めてくれるようになっていた。
困ったときはいつも一生懸命助けてくれた。
でも何処かで年下の男の子だと思っていた。
今は違う気がする。
確かに一学年下で、まだ受験の辛さとかがわからなくて。
伝わらないもどかしさとか色々あるけれど。
……いつの間にか、頼り切っていた。
優しく譲くんの手が肩に回った。
暖かい。
「去年のバレンタインは喧嘩、しちゃったね」
「そうでしたね。俺、ワガママで」
「わたしも譲くんの気持ちをちゃんとわかってなかったから」
「……でも、貴方は結局俺の気持ちを受け取ってくれたじゃないですか。
嬉しかったです」
「うん」
腕に少し、力が入った気がした。
気遣って遠慮してるのかな。
そう思うと少しおかしくて。
そっと背中に腕をまわせば、譲くんはわたしを抱きしめた。
「今年は喧嘩したくないです」
「そうだね。
折角だし、ちょっと気分転換したいな」
「……そうですね。大袈裟にならない程度に。
少し、考えてみます」
顔を上げれば、困ったような顔。
去年の喧嘩のことを思い出しているんだなってすぐにわかった。
譲くんは結構そういうことを気にするタイプだ。
「わたしもちょっとだけ用意に参加したいかも」
「そうですか?」
「だって本当はわたしからも渡したいし」
「……ええ」
譲くんは照れてはにかむように笑った。
少し意地悪なことを言いたい気分になる。
「……今年のバレンタインは月曜日か、学校だね」
「貴方以外のチョコレートは受け取らないって、去年約束したじゃないですか」
譲くんは忘れてないって思っていたけど、
そうやって口に出してくれると嬉しい。
「忘れてなかったんだ」
「あたりまえです。貴方との約束を忘れる筈ないじゃないですか。
俺は、そういう約束が貴方と出来て凄く嬉しかったのに」
譲くんはちょっと怒ったみたいだ。
そうやって怒ってくれると、少し嬉しい。
譲くんがそうやって本音を出してくれるようになるまで、
結構時間がかかったし、わたしがそれがわかるようになるまで、
さらに時間がかかったのだから。
「……学校が終わったら買い物したいんですけど、
出てこれますか?」
「? 14日登校日だよ?
言ってなかったっけ?」
「……そうだったんですか?」
「うん、14日って毎年登校日なんだって。
おかしいね」
「……そうですね」
譲くんが穏やかに笑って言った。
「……じゃあ、一緒に帰りましょうか」
「うん、いつもみたいに図書室で勉強してるから」
「わかりました」
約束、と。
なんとなく、小指を出したら、譲くんはためらわずに小指を絡めた。
久しぶりの学校は何だか懐かしい感じがした。
まだ卒業まで日はあるけれど、登校日はもうそんなに数はない。
久々に会ったクラスメイトと、受験について報告しあう。
すでに推薦で決まってる子も勿論いたし、数校受かっている子もいた。
まだ結果が出ないのはわたしみたいにまだ受かっていない子と、
国立を狙えるような子だ。
皆が何だかそわそわする中、わたしは暖かい日がさす自分の席で、
なんとなくうとうとしていた。
一年ちょっと前までは、わたしの前に大きな背中が見えた。
今、どうしているのかな。絶対元気だろう、とは思う。
会えないけれど、前より寂しいとは思わなくなった。
いつか大人になったら。昔みたいにずっと一緒にはいられないから。
自分の進む道へ進んだら、なかなか会えなくなることのほうが普通だ。
だからもう二度と会えないけれど。
どこかで元気にやっているってお互い信じあっている。
きっとそうなんだと思えるようになって、寂しい気持ちは薄れた。
譲くんが一緒に居てくれたから、そう思えた。
「望美〜、譲くんだよ!」
クラスメイトの呼ぶ声で飛び起きた。
顔を上げれば、ちょっと遠慮がちに教室を覗き込む譲くんが見えた。
休み時間に会いに来てくれたんだ。
自然と足取りが弾むのが自分でもわかっておかしかった。
たった数分の休み時間でも会いに来てくれて嬉しい。
昨日も約束したけれど、放課後一緒に帰る約束をして、
譲くんは二年の教室に帰った。
放課後、図書室に行く前にそっと弓道場を覗いた。
弓道着を着た譲くんが弓を構えているのが見えた。
この姿を見るのも久々だな。
ピンと張り詰めた空気、淀みなくそして滑らかに譲くんは弓を射る。
的を見ていなくてもわかった。皆中。
完全な集中状態に入った譲くんはわたしには気付かない。
邪魔もしたくなかったから、わたしは声をかけずに図書室に向かった。
ピンと気持ちよく伸びた背筋、静かで丁寧な所作。
それでいて、庇ってくれた腕はいつだって力強かった。
その力強さを思い出して、落ち着かなくなりとても勉強なんて出来る状態じゃなかった。
こうしてうとうとしていれば、部活が終わった譲くんは、
いつものように仕方のない人だなって笑って起こしてくれるだろう。
……最近良く眠れていない気がするから。
気持ちよく眠れるのなら、少しでも眠ってしまいたかった。