Over easy




  −3−


 日が傾いて、少し涼しくなった頃二人で晩ごはんの買い物に出た。
 二人で買い物なんて久しぶり。いつものスーパーを手を繋いで回る。
 ケーキに何をのせようという話になって、今の時期の桃を載せてもらうことにした。
 すぐに食べるのなら桃のショートケーキでも大丈夫ですと譲くんも保障してくれたから。
 ケーキを桃のケーキにしたから、あんまり辛いカレーだと味がわからなくなって勿体無い。
 だからいつもの譲くんのカレーにしてもらうことにした。
 譲くんのカレーはどうやって作っているのかわからないけれど、お肉がうっとりするくらい柔らかい。
 どうして?と聞くと秘密です、と譲くんは笑って答えてくれなかった。
 ちょっとそれが癪で、飲み物みてくる!と譲くんと別の棚を見に行って戻ってきたら
 豆腐のコーナーでぼんやりと譲くんは一点を見つめていた。

「……どうしたの?寒い?」
「ああ、えっと。
 もし明日も一緒に朝ごはんを食べられたら和食にしたのにな、なんて考えていたんです」
「和食の朝ごはん?食べたい!」

 素直に食べたい、と口にしたわたしに譲くんは困ったように笑った。

「そんなこと言わないでください。
 今晩帰したくなくなってしまう」
「えっ、あの、ちょっと……」
「流石にそれはまずいと思うんで、今晩中にはちゃんと帰します。
 明日は朝からバイトじゃなかったんですか?」
「うん、そうだった」

 日置くんと明後日といって別れたことを思い出した。
 ちゃんと返事、しないと。
 考え込んだわたしに譲くんは躊躇いがちに言ってくれた。

「あの、……貴方に友達がいなくなればいいなんて思っていませんから」
「うん」
「でも、日置さんの車で家まで送ってもらうのはなしにしませんか?
 別に終電より遅いわけでもないんだし、駅まで迎えに行きますよ?
 ……むしろそうさせて欲しいんですが」
「勉強の邪魔にならない?」
「かえって区切りがついていいくらいですよ。
 貴方を迎えに行くまでにここまで進めよう、とか励みになりますから。
 ……もっと貴方に会う時間作りたいです。貴方が良ければ、ですけど」
「譲くんがいいなら、そうして貰えると嬉しいけど」
「良かった。
 ……俺そんなことを口に出したら束縛し過ぎなんじゃないかって怖かったんです」

 こんなに好きなのに。好きな人がいるのに、あの時ただ驚いてちゃんと返事できなかった。
 それでどれだけ譲くんが傷ついたのかようやくわかったような気がして、
 ぎゅっと手を握れば、譲くんは照れたように笑って握り返してくれた。
 会計を済ませ、手をつないだまま家へ帰る。
 まだ街灯が灯る程は暗くは無い。二人の家がだんだん見えてきた。

「こうやって帰ってくるとね、譲くんの部屋に明かりがついててなんかほっとするんだ」
「そうですか」
「あそこに譲くんがいるんだって思えるから頑張れるんだよ」
「……俺は、いつまでも貴方の部屋の電気がつかないの、寂しかったですよ」
「うん」
「言ってしまえば凄くあっけないですね。
 格好つけてないでこうやって少しずつでも話せばよかった」
「うん」
「でも、そうか。俺の部屋の明かりが貴方の心を暖めてるんだってわかったら。
 なんかちょっと救われたような気もします」
「いつも励まされてるよ」

 譲くんは真っ直ぐに前を見つめているのに何か考え事をしているようだった。
 その横顔が少し寂しそうに見えたので、握った手に少し力を入れたら、
 譲くんは笑って握り返してくれた。

 たいした手伝いも出来ないまま、鮮やかな手際で晩御飯は仕込まれていき、
 いい匂いをさせたカレーは出来上がった。
 わたしの好きな辛さのカレー。
 おかわりしたいところをぐっとこらえて、ケーキに備える。
 少し食休みを入れて。譲くんはケーキの仕上げにとりかかった。
 桃からは水が出るから出来立てに食べないとクリームがだれてしまうんです、
 とクリームを塗って仕上げながら譲くんは言った。
 出来上がりにそうっとロウソクを立てる。
 製菓用品売り場にあったロウソクは五本入りだったけれど、気分が大事だ。
 火をともし、電気を消せば紅い光にケーキがぼうっと包まれた。
 照れながらハッピーバースデイを歌えば、譲くんは嬉しそうにロウソクの火を消した。
 一瞬で真っ暗になって、慌てて携帯のモニターの光を頼りに部屋の電灯をつけた。
 桃のショートケーキは、綺麗にならされた生クリームの上に、花のように薄く切られた桃が飾られている。
 このまま食べてしまうのが勿体無くて写メに残そうとしたら、
 どうせだったらロウソクがついた状態の方が良かったんじゃないですかなんて譲くんにからかわれる。
 丁寧に入れた紅茶を譲くんが出してくれたけど、ケーキにはフォークが一本添えられたままだ。

「あれ、切らないの?」
「折角誰もいないんで、……あの、食べさせあいっことか、ダメですか?」
「えっ?」
「嫌なら、いいですけど……」
「いいよ。譲くんの誕生日なんだから」

 別に嫌じゃないけど、照れる。
 フォークをホールのままのケーキに入れるなんて何だか贅沢だななんて思いながら、
 一口目を譲くんに差し出せば、ぱくりと口に入れ、甘いですねと笑った。
 自分の分は自分で、と思っていたらフォークを奪われた。

「じゃあ、俺からも。今日はありがとうございました」
「……どう、いたしまして」

 ぱくりと口に入れれば、優しいクリームの味と、桃の香りが広がった。
 やっぱり譲くんのケーキは絶品だな、とうっとりしたけれど、
 譲くんが口を開けて待っていたので、またすくって差し出した。
 二人ぶんと言っていたとおりケーキはあっという間になくなった。
 もう少し食べたいくらいの余韻が残るくらいが丁度いいんだろう。
 紅茶をかかえて、リビングに移動する。
 ソファに並んで座ってとりあえずテレビをつけてみた。
 譲くんが何か考え込んだ顔をしている。なんだろう。
 テレビを見てはいるのに、集中していないみたいだ。
 どうしかしたの?と聞いたら譲くんはテレビを消し躊躇いがちに口を開いた。

「もし、俺が鎌倉を離れるとしたら、貴方はどう思いますか?」
「……え?」

 譲くんが鎌倉を離れる?隣にいなくなる?どういうこと?
 突然そんなことを言われて何も考えられない。

「そんなに遠くに行くつもりはないんですけど、
 東京の大学に通って暫く家を出てみようかなと思ったんです。
 ここから通えないことも無いだろうけどそれじゃ何も変わらないし」
「えっ、ちょっと待って。……どういうこと?」
「こうやって隣にいれば、その気になれば毎日だって会える。
 でも、こうやって二人きりになったりとか、その貴方と……するのだって難しい。
 今日の朝俺がどれだけ幸せだったか、わかりますか?」

 譲くんが何を言いたいのか理解して、自分の頬が熱くなったのがわかった。
 確かに今日の朝はとても幸せだった。
 あんな朝をまた迎えられたら、とは思う。

「家族に遠慮するようにこそこそするのとか、嫌なんです。
 勿論貴方を泊めるのはちゃんとおじさんとおばさんの了解をとって、
 心配をかけないようにします。
 昨日の今日で自分でも飛躍しすぎだって思うんですけど、でも考え始めたら止まらなくて」
「でもなかなか会えなくなるよね」
「……俺が大学に進学して、バイトを始めたりしたらきっともっと会えない。
 通学時間も勿体無いし。週末しか会えないかもしれないけど。
 きっとここにいるよりずっと二人きりでいられる。
 そう思ったらその選択肢もありかな、と思ったんです。
 地元の大学に進むこともあるかもしれないし、まだ何処に行くとは明確に決まってはいないんですけど、
 ……可能性を自分で狭めたらいけないと先生に一昨日言われたのを思い出して」
「……うん、そうだね」
「まだ、どうなるかわからないですけど。
 そういうことも考えているのは貴方に言っておきたかった。
 貴方は反対しますか?」
「できないよ。
 ……となりにいてくれないのは寂しいけど」
「いなくなるかは、まだわかりませんよ。
 でも、寂しいって言ってくれて良かった」
「ばか」

 ぽかりと頭を叩いたわたしの手を譲くんはきゅっと掴むと、啄ばむようにキスをした。
 最初は軽く触れるくらいのキスがだんだん深くなっていき、何も考えられなくなっていく。
 息が上がったわたしを、譲くんは探るような目で見た。

「貴方を離せる訳なんかないじゃないですか。本当はこのまま帰したくないくらいなのに」
「えっ、ちょっと待って」
「大丈夫、ちゃんと今日中には帰しますから」

 それってどういう意味だろう。
 考えがうまくまとまらないわたしの思考を吹き飛ばすように、譲くんは噛み付くようなキスをした。


背景画像:空色地図

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