ハッピーホリディ
時を越えて戻ってきたあの年にやったクリスマスパーティが、
有川家と春日家で続けてきた合同のパーティの最後になった。
そんな気はしていたけれど、去年はわたしが受験だったから、
ささやかに譲くんとケーキでお祝いをして終わりだった。
今年は譲くんが受験だ。
譲くんだからきっと大丈夫だと思うけれど、譲くん本人はは意外と本番に弱いなんて言う。
弓道の試合で負けたことなんて無いくせに。
その精神力の強さで何言っているのとデコぴんすれば譲くんは意外と緊張しているんです、
と言い張った。
緊張するのは悪いことじゃない、リズ先生ならそう言うよと言えば。
先生なら如何にも言いそうですね、と笑ってくれた。
約束どおりわたしはバイトの帰り電車に乗る時譲くんに連絡を入れる。
譲くんは雨の日も風の日も自転車をこいで駅まで迎えに来てくれた。
風が強い日は歩きだけれど、手を繋いで歩くのも好き。
譲くんの後ろに揺られて乗る自転車が好きだったのに、
譲くんは早く自動車の免許をとりたいらしい。
日置くんの助手席に乗っていたのをまだ根に持っているのかと思えば、
単純にわたしを助手席に乗せてみたいと眼鏡を押さえて照れていた。
今日もこうしてバイト帰りに譲くんにメールを打つ。
譲くんのメールはそっけないけれど、ちゃんと気持ちが篭っているのは知っている。
絵文字とか、そういうのが入らないとつまらなくない?
うっかりメールを覗かれてそんな感想を漏らした友達もいたけれど、
そういう部分も譲くんらしいからいいよ、そう言えば惚気ないでと怒られてしまった。
送信して、大体十五秒後。
譲くんからの着信がある。
『いつもの場所で、待っています』
だいたいいつも文面は変わらないのに、その文字を見るだけでほっとする。
今年ももう終わる。
冬休みに入ってバイトは忙しくなる一方で、クリスマスイヴに休みたい……とは
口に出せなくて結局休みは確保できなかったけど、
バイトが始まるまでの間に短いけれど久々に譲くんと過ごせる時間が出来た。
どこに行きたい?そう聞いてみても譲くんはなかなか答えてくれない。
時々は出かけてみたいのに、譲くんは一緒にいられるならそれでいいって言う。
本当にそう思っているみたいで、時々少し恥ずかしい。
こうして独占できるのが一番の幸せですから。
最近少し自信がついたのか、気持ちを素直に言ってくれるようになった。
時々は望美って読んでくれるのに、外では先輩って呼ぶのは、
色々抑えが利かなくなるからだと言う。
抑えの利かない譲くんは少し性質が悪いから、明日一緒にいたらどうなるんだろう。
……火照った頬をぺたりと窓につければ、冷たさで少し落ち着いた。
顔が赤くなっているけれど、忘年会帰りの人も多いから目立たないだろう。
そう自分を納得させて、窓の外を流れる光をぼんやりと眺めた。
もうすぐ極楽寺の駅につく。
いつもの場所で譲くんは待っていてくれるんだろう。
ピッタリタイミングをはかったように来てくれるから待たされたことなんて一度も無い。
でも一度くらい待ってみたいな。
譲くんがどんな顔で、わたしを迎えに来てくれるのか一度くらいは見てみたい。
でも一本早く到着でもしたら、きっと怒られてしまうだろう。
まったく、……心配性なんだから。
轟音を立ててトンネルを抜けたら、そこは極楽寺。
譲くんが、待っている。
ドアが開いて、降りた改札の先、ポストの隣には譲くんが立っている。
そんなに急いだって時間は変わらないのに。
何故だかいつもより少し早足になって、
「ただいま」
「お帰りなさい、先輩。
今日は寒いですね」
マフラーを忘れたわたしに、譲くんは自分のマフラーを巻きつけると、
いつものように先に自転車にまたがってわたしを待った。
後ろに乗って手を回すと、譲くんはゆっくりとペダルを漕ぎ出した。
「明日はクリスマス・イヴですね」
「バイト入ってなかったらもっと一緒にいられたのに」
「でも俺、こうやって貴方を迎えに来るの好きなんで、いいですよ」
「そうなの?」
「ええ」
譲くんは自転車をこぐのに集中しているのか、黙ってしまった。
黙っていても気にならない。
ぴたりと譲くんの背中にほっぺたを当ててみる。
ぐいぐいとこぐ自転車は、あっという間に家に着き、
ありがとう、といつものように礼を言うと、譲くんはどういたしまして、と笑う。
「明日、バイトの前に会おうって言ってましたよね」
「うん」
「……それも、いいんですけど。
結局時間が気になって落ち着かないじゃないですか。
だから、バイトの後時間貰えますか?」
「明後日も遅番だから、大丈夫だよ」
「良かった」
嬉しそうに笑った譲くんをきょとんと見つめると、
譲くんは苦笑いして
「やっぱりクリスマス・イヴは夜一緒に過ごしたいんです。
明日ケーキ用意しておくんで一緒に食べましょう。
もう親も寝てしまっていると思うんで、騒げないんですけど」
「……うん。
来年は何処かに行ったり、プレゼントの交換したいね」
「まあ、俺の受験次第ですね」
「譲くんなら大丈夫だよ」
「だといいんですが。
……寒いから、そろそろ中、入ってください」
「あっ、マフラー返すよ」
わたしがマフラーをほどこうとしたのを譲くんは止める。
「……明日でいいですよ。
ほら、家に入ってください」
「……わかった」
「おやすみなさい、先輩。
また、明日」
「うん」
譲くんの唇が軽く触れる。
気恥ずかしくなってわたしが玄関に入るのを見届けると、
譲くんは自転車を戻し、家に入っていった。
マフラーからは譲くんの匂いがする。
また明日ね。
カーテンを一瞬開けて窓をのぞけば、譲くんの部屋に明かりが点った。