かぼちゃの匂いはふたつある

Welcome Trick or treaters!!



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 今年のハロウィンは日曜日。
 だからこそこんな企画が持ち上がったのだろうけれど。
 授業と部活を終えて、くたくたになったけれど明日の仕込をしなければ。
 夕食後タルトの生地にパイの生地。
 そしてクッキーの生地を順番に仕込んでいく。
 ハロウィンが始まるのは日没後だとは言え、
 きっと明日はオーブンをフル回転させなければならないだろう。
 明日になってあわてたくない。
 難しくはないとは言え、力を使う作業が続くと流石に腕に疲労が溜まっていく。
 お菓子の山を目にすれば貴方は喜んでくれるだろう、そう思えば頑張れた。
 そんな自分は単純だな、と思う。

「こんなものかな」

 最後のクッキー生地をまとめ、ラップに包んで冷蔵庫にしまえば、
 額からは汗が噴き出していた。

「よう、こんな時間までやってたのか」
「兄さん、お帰り」

 いつの間にかにバイトから帰ってきた兄さんが冷蔵庫の中身を見てニヤリと笑った。

「随分仕込んだじゃねーか」
「お菓子の山を見たいって先輩が言うし、
 ……もし足りなかったら子供が可哀想だろ」
「そりゃそうだ。
 まあ、心配すんな。残っても責任もって片付けてやるから」
「……先輩と同じこと言うんだな」
「あいつ、そんな事言ってたのか。
 まったくあいつらしいな」
「兄さんご飯は?」
「おう、食ってきた。奢りだったからって食いすぎたぜ。
 夜食、今日はいいや」
「作るなんて言ってない」
「まあ、そうだな。
 明日もどうせ朝早いんだろ。まあ、出来る事は手伝ってやるよ」

 返事を返さなかった俺に苦笑いすると、兄さんは風呂に向かった。
 もう一度冷蔵庫をあけ、簡単にラベルを張る。
 俺には見分けがつくけれど、他の家族には生地の違いがわからないだろう。
 ごちゃ混ぜにされて、間違ったら、目も当てられない。
 クッキー、タルト、これがパイ。
 そういえば……かぼちゃのフィリングがまだだったか。
 かぼちゃ三つ分はなかなかすぐには茹できれる量じゃない。
 茹でて裏ごしまでしておいたほうがいいだろうか。
 家族と、貴方の為にパンプキンプリンも作るから、その分も。
 考えただけで一瞬げんなりしたけれど、明日慌てるよりはいい。
 兄さんはさっき確かに手伝うと口にした。
 ……かぼちゃの裏ごしは兄さんに頼むことにしよう。いいと確かに言ったのだし。
 とりあえず南瓜の皮をむいて、火だけ通しておくか。
 これが終わったら、今日は寝よう。俺は南瓜の下拵えを始めた。



「確かに手伝うとは言ったけど、もう腕がいてぇよ」

 かぼちゃの裏ごしを続ける兄さんは悲鳴をあげた。
 俺だって三分の一くらいはもう裏ごしをした。
 裏ごししたぶんでもう、フィリングを作って焼き始めなければ間に合わない。
 だから残りを兄さんに頼んだのだ。

「手伝ってやるって言ったの、兄さんだろ。
 ただ食べるだけなんて虫のいいことあるわけないだろ」
「でも疲れたぞ」

 アピールを繰り返す兄さんに溜息をつき、見ないふりを決め込んだ。
 何だかんだいっても、兄さんは結局面倒見がいい。
 俺がこっちで作業をし続ける限りは、兄さんは悪態をつきつつ作業を続けてくれるだろう。
 実際に作業はとても、多い。
 裏ごしの終わったかぼちゃを火にかけて、砂糖とシナモンをいれ、
 フィリングを作る。
 小さなタルト型に生地を敷き詰め、フィリングをのせ、焼き始めた。
 シナモンとバターの香りが台所に広がる。

「出来たら一個目は兄さんにやるから、なんとかそれを終わらせてくれないか」
「おっし、じゃあもう少しやってみるか」

 ニヤリと笑うと、兄さんはゆっくりだけれど、作業を再開してくれた。
 玄関のチャイムが鳴る。きっと先輩だろう。
 どうぞ、と手が離せない俺が台所から声をかければ、やっぱり貴方だった。

「きゃーっ、やってるね!!」

 貴方は興奮が収まらないのか、色々見てまわり、
 陶然とした顔でオーブンから漂う香りを吸い込んだ。

「いつものかぼちゃの匂いだ。いい匂い〜」
「そうですか?」
「わたしにとってかぼちゃの匂いってこれなんだ。
 うわーいい匂い。ハロウィンって感じ!」

 かぼちゃの匂いはふたつある。シチューの匂いと彫る匂いだったか。
 貴方にとってかぼちゃの匂いは、お菓子の匂い、か。
 貴方らしい、と思わず笑ってしまったら、
 貴方は不思議そうな顔をしてこちらを見た。

「なーに?」
「なんでもないです」
「本当に?」
「たいしたことじゃないですから」

 本当に?
 そう食い下がる貴方に困って。
 朝一番に焼き上げたゴースト型のクッキーを、貴方の口にねじ込んだ。
 貴方は一瞬で笑顔になる。

「おいしい!」
「先輩にそう言って貰えて良かった」
「ほんとに美味しいよ。
 でも味見ばっかりじゃ悪いから、何か手伝えることある?」
「じゃあ、望美これ、かわってくれよ」

 先輩に裏ごし器をよこそうとする兄さんを制して、
 焼きあがったクッキーと小分けの袋を渡した。

「じゃあ、これに詰めていってください。
 先輩、クッキーはどのシールで封をするんでしたっけ?
 俺にはよくわからないのでお願いしちゃってもいいですか?」
「うん、わかった」

 貴方はにっこり笑うと真剣な顔でクッキーを袋に入れ始めた。
 兄さんは一瞬悔しそうな顔をしたけれど、
 仕方ねえなという風に苦笑いすると、裏ごしを再開してくれた。


 出来上がったお菓子の山を見て、貴方は満面の笑みを浮かべてくれた。
 労力が報われた瞬間だった。
 貴方は一通り兄さんと味見をしてくれた。
 ひとつひとつ感想を述べては笑顔でおいしいと言ってくれる貴方。
 貴方の笑顔で胸が熱くなった。
 貴方は持ってきた紙袋から黒の三角帽を出すと、自分で被った。

「魔女、ですか」
「えへへ」

 そういえば貴方は今日、普段あんまり着ない黒のチュニックワンピースを着ている。
 それはそのためだったのか。
 見れば足元は白と黒のボーダーのソックス。
 一応家から竹箒も持参。結構本格的だ。

「似合う?」
「まあ、いいんじゃねえか」
「似合いますよ」
「じゃあ、トリックオアトリート」
「先輩の分は他に用意してますから。また後で」
「ほんと?」
「はい」

 楽しみだな、そう笑うと貴方はひょい、と箒を担いでポーズをとった。
 撮って撮って!という貴方を写メに撮る。
 記念撮影しよ!と言う貴方の希望に仕方ないな、と二人で応じる。
 兄さんが先輩の携帯を構え、シャッターを切る。
 三人がうまくフレームに納まるまで妥協しない貴方に、兄さんと二人で苦笑いしながら応えた。
 籠に盛ったお菓子の山を、玄関に移動する。
 その量に我ながらよく作ったものだ、と変な感心をした。
 そろそろ陽がくれかける頃。
 かぼちゃを玄関に出し、ライトを灯した。
 本当は蝋燭のほうがいいのはわかっているけれど、
 火事になったりしたら元も子もない。
 外に出しっぱなしにするのだ。危ないことは出来なかった。

「準備オーケイ、だな」

 ライトがついてそれらしくなったかぼちゃに満足したのか、
 兄さんはポン!とたたくと家に入った。
 先輩はおもむろに携帯電話を取り出し、写真を撮っている。
 折角かっこよく出来たんだもん。残しとかないとと貴方は笑う。
 六時を回った頃からぼちぼち子供たちが訪れ始めた。

「Trick or treat!」
「はい」
「トリックオアトリート!!……っておねえちゃん、魔女?」
「そうだよ、はいお菓子!」
「ありがとう」
「トリック オア トリート」
「ほらよ」
「とりっく……おあ?」
「トリート、だろ。しっかりな」

 思い思いの仮装をして子供たちが数人ずつやってくる。
 見ればちょっとした行列になっていた。
 皆恥ずかしそうだったけれど、楽しそうだった。
 シーツを被ってゴーストに扮した子、母親手製だろうか魔女の格好をしている子。
 どこかでみたことのあるかぼちゃの気ぐるみを双子で揃えて着ているのはかわいかった。
 吸血鬼のマントを着た子。……包帯でぐるぐる巻きの中学生らしい男子。
 苦笑いしながらもお菓子を渡していく。
 貴方は笑顔だった。
 隣で帽子で直接貴方の笑顔が見えなくてもそれは伝わってきた。
 少し困ったのは、お菓子を数個強請る子が多いことだった。
 多めには作ってある。けれどこれはどういうことなのか。

「トリック・オア・トリーーーーーート」
「ほらよ」
「あと二つちょうだい」
「一人一個で充分だろ」
「ちょーだい」
「だめだ」
「だって……おかーさんが」
「んあ?」
「おかーさんが有川さんちに行ったら家族ぶん貰って来てっていうんだもん」

 兄さんがやっぱりなという顔をした。
 俺は呆れて言葉も出ない。

「あのなあ、お菓子ってのはお化けになったお前へのものなんだぜ」
「でも」
「……わかった、これでいいか?」

 俺はタルトとパイも持っていたかぼちゃのバケツに突っ込んでやれば、
 その子供はありがと、というとそそくさと帰って行った。

「やっぱりか」

 くくくっと兄さんは肩を揺らして笑った。
 俺は呆れて言葉も出ない。
 光栄だと思うべきなのかもしれないけれど、何だか気持ちが覚めてしまった。
 近所の付き合いとはいえ、もうちいさい子供もいないうちが何故、
 ハロウィンの菓子を提供しなければいけないのか。
 先輩と家族のために作るので充分じゃないか。

「……来年」
「ん?」
「来年誘われたら、うちの分以外は全部買って来たお菓子を出します。
 それでよかったんじゃないでしょうか」
「……そうか。菓子ならなんだって問題はないだろ。
 ま、一年付き合えば充分だな」

 兄さんも裏ごしし続けて疲れた腕を振って苦笑いした。
 少し俯いた俺の顔を貴方は覗き込んだ。

「でも、ちょっと勿体無いかなあ」
「そうですか?」
「だって譲くんのお菓子おいしいもん。たくさんの人に食べてもらえたら嬉しいな」

 そうやって笑う貴方に、兄さんは頭を振ってやれやれという顔をした。
 別にハロウィンを盛り上げる手伝いをしたかったから頑張ったんじゃない。
 俺が、頑張ったのは、ただ貴方の喜ぶ顔が見たかったから。
 正直お菓子を嬉しそうにもらっていく子供より、
 子供たちにお菓子を配る楽しそうな貴方の笑顔ばかりが心に残っている。
 貴方の喜ぶ顔が見たかったから、あれだけ頑張ったのに。
 お菓子の山はもうほとんど残っていない。
 確かに、子供たちの嬉しそうな顔を見れたのは良かった。けれど、
 なんとなくうまく利用されたような気になって面白くない。

「別に俺は料理上手なわけじゃないんですよ」

 ただ目の前にいる好きな人の喜ぶ顔が見たい。
 自分の知らない誰か、まで喜ばせたいとは思わない。
 確かに楽しかったけれど、貴方がいなかったからここまで楽しかったかはわからない。

「譲くん、つまんなかった?」

 貴方は不安そうな顔をする。
 つまならなかったわけじゃない。
 でも貴方がいなければ、俺は、俺たちはここまで楽しめただろうか。

「つまんなかったわけじゃないさ。
 ただちょっと頑張りすぎて疲れただけ、だよな」

 兄さんはニヤリと笑うと、俺の頭をわしゃっと掴んだ。

「まあ、そうですね。
 楽しかったですよ?
 ただ、なんというか。
 ……ちょっと複雑なだけですよ」
「来年もできればやりたいけどなあ〜」
「……来年はやるなら、クッキーだけとかにしますよ。
 今年は張り切って色々作りすぎました。
 そうですね、もう少し自分が楽しめるペースで参加したいです」

 貴方は少し残念そうにして。

「また、お菓子の山見たかったけどなあ……。
 あの眺めは幸せだったのに〜」
「望美、お前ちょっとそれはワガママすぎ」
「やっぱり?」

 兄さんは心底呆れたようにして先輩の帽子を小突いた。
 貴方は舌を出して、ちょっと残念そうに笑った。
 貴方の残念そうな顔に、俺は弱い。

「でも、家の分は作るつもりでいますから。
 規模は違いますが、お菓子の山はなんとかしますよ」
「ほんと?」
「ええ」
「まあ、俺の分が増えるんなら、別にどうでもいいさ」
「別に兄さんの為に作るわけじゃない」

 確かに俺は馬鹿なんだろう。
 笑顔の戻った貴方に安堵する。
 だって、俺はその笑顔を見たくて、それだけのために作っているんですから。
 その気持ちが貴方に伝わらなくても。
 俺はいつだって貴方の笑顔を見ていたいんです。
 貴方の浮かべた満面の笑顔をぼうっと眺めていたんだろうか。
 兄さんに小突かれるまでそのことに気づかなかった。

「譲、もう終わったんなら、茶入れてくれよ。
 ……外のランプをしまってくる」
「わかったよ、兄さん」

 兄さんは玄関の外へランタンを取りに行った。
 貴方に今のソファで待っていてもらうことにして、俺はお茶の準備を始めた。
 冷蔵庫には取って置きのかぼちゃプリン。
 かぼちゃをくりぬいて、そのままオーブンで焼いたもの。
 ……先輩の知っているかぼちゃの匂いは俺の焼いた菓子の匂い。
 そう貴方が言っていたことを思い出す。

「何か、悪くないな。そういうの」

 俺はひとりつぶやくと、トレイをセッティングする。
 これを見て、貴方が喜んでくれるといい。
 そう願って、俺は台所を後にした。


背景画像:karonko photo material

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