かぼちゃの匂いはふたつある

Welcome Trick or treaters!!



  −1ー


 ……さて、いったいどうしたものか。
 ぽかぽかと気持ちのいい縁側に先程渡された『それ』をごとりと置いてみた。
 それは小突いてもびくともしない。
 花屋やスーパーで見かける小ぶりのものとはまったくちがう、
 貫禄たっぷりの大きさ。
 あの人はいったいどこでこんなものを手に入れたのだろう。
 それよりも、これはいったいどうしたらいいんだろう。
 勢いに負けて受け取ってしまったのはやっぱり間違いだったんだ。
 ……やっぱり返してくるべきか。
 そんなことをぐるぐると考えていたら後ろから声がした。

「譲くん、何、してるの?」
「……先輩」

 いつものように庭から来た先輩は、それを怪訝そうな顔で見つめた。
 ぼやぼやしているうちに先輩に見つかってしまった。
 返すならもっと早く返してくればよかった。……タイミングは逸したか。
 こっそりと聞かれないように溜息をつく。
 貴方はこれが何だか知ったら喜ぶだろう。
 だって、お祭りごとやイベントが大好きなのだから。

「なあに、それ」
「見てのとおりかぼちゃですよ」
「大きいね。
 ……それ、どうするの?」
「さっき近所の方に頂いたんです。
 何でも今年、この辺でハロウィンをやるということで
 協力してくれないかと言われたんです。
 これでランタンを作って、玄関に置いておくと仮装した子供が
 お菓子を強請りにくる目印になるみたいです」
「へぇ!これがあのおばけのかぼちゃになるの!?
 子供が仮装してくるの!?楽しそうだね」
「強引に押し切られてしまって少し困っていたんですけどね。
 ……やっぱり断ろうかな」
「えええっ!!」

 目を向ければ、もう貴方の瞳は期待でキラキラしている。
 こうなってしまったら、もう、俺には逆らえない。

「せっかく楽しそうなのに、勿体無いよ!
 やろうよって言っても準備するの譲くんか。
 でも、楽しそうだよー」
「ええ、まあ」
「やろうよー」
「……」
「わたしも仮装したい!
 そしたら譲くん、お菓子くれる?」

 貴方が仮装するとしたら、どんな格好なんだろうか。
 貴方になら仮装していてもしていなくても、
 そもそもハロウィンじゃなくたっていつだってお菓子はあげますよ。
 貴方の喜ぶ顔が自分にとっての大きすぎるご褒美なんですから。
 貴方は本当にわかってないんだな。

「…………わかりました」
「やったぁ!」

 歓声をあげて、ガッツポーズまでした貴方を見つめて、
 貴方からじわじわと楽しみな気持ちが伝染してくる。
 貴方は本当に物事を楽しむ天才なんだから困る。

「楽しみにしてるね!」

 にっこりと笑った貴方の期待に応えるために、
 何をすべきか頭の中でリストアップを始めた。
 とりあえず参加するのはまあいい。
 菓子作りもまあなんとかなるだろう。
 問題があるとすれば、これだ。
 ぽん!とオレンジ色のそれを叩いてみれば貴方は怪訝そうな顔で俺を見た。

「どうしたの?」
「お菓子とかはいいんです。作るのは別に構わないんです。
 まあ、量作らなきゃいけないので少し大変かもしれませんが。
 俺、これを彫るのが少し自信がないんですよ」

 彫るのは多分問題ない。
 けれど印をうまく描ける自信がないのだ。

「印さえつけて貰えれば多分彫るのは問題ないんですが」
「あっ、顔を描かなきゃいけないもんね」
「……俺、そういうのあんまり得意じゃないんですよ。
 先輩、描けますか?」
「わたしも自信ないよ」

 俺の困惑が伝わったのか、貴方は腕まで組んで考え込んでいる。
 しばらく考えて、はたと顔を上げた。 

「そういえば、将臣くんは?」
「あとでバイトがあるから寝溜めしてます」

 絶対に起こすなよ。
 昼食を食べて、二階へ上がる際にかなりの念を押された。
 いつものこと、とは言え無用なけんかもしたくない。

「絶対に起こすな、と言われました」
「そっか」

 貴方は気にも留めず、がばりと立ち上がり、二階へと駆け上がっていった。
 ほぼ同時に激しいノックの音と、兄さんの悲鳴が響く。
 一瞬、同情したけれど、俺は一応止めたからな。
 後は知らないぞ。
 軽く叩けば中があんまりつまっていないのか、かぼちゃは、ぽんといい音をたてた。
 折角の昼寝を邪魔された兄さんは、寝癖の付いた髪をかき上げ、
 盛大なあくびをしながら、先輩の説明をじっと聞いていた。

「……で、なんだ。
 これに顔を描くために俺は折角の昼寝を邪魔されたってことか」
「将臣くんのほうが思い切りがいいからこういうの得意でしょ」
「苦手じゃねえが、別に譲がやればいいじゃねえか」
「だってずっと見つめたまま動かないんだもん」
「譲はギリギリになるまで動けねえからなあ」

 苦笑いした俺を、兄さんはニヤリと笑った。
 ……悔しいけれど、当たっている。

「だーかーらー」
「ハロウィンって今月末だろ、時間があるなら何も今日じゃなくてもいいだろ」

 まあ確かにそうだ。
 はた、と気付いた俺を兄さんは仕方なさそうに見やる。
 けれど、先輩はそれでは納得できないみたいだった。

「だって」
「だって?」
「だって、今見てみたいんだもん!!!」
「…………おお」

 先輩の勢いに、兄さんは圧されるようにして頷いてしまう。
 先輩には本当にかなわないな。
 俺は苦笑いした。
 面倒くさそうに縁側におかれたオレンジ色のかぼちゃを兄さんは掴みあげた。

「仕方ねえなあ。
 でもそんなに早くから仕上げちまうと腐ったり、カビたりしねえか?」
「さっきネットで確認したら3日〜一週間くらい前が目安らしい」
「さっすが、譲は慎重だな。
 そうだろ〜?
 まだ二週間くらい早えぇって」
「つまんないー」
「仕方ないですよ」
「お前、腐ったり、カビたりしたのが見たいのかよ」
「それはイヤだけど」
「だろ?」

 詰まらなさそうに口を尖らせた先輩に、俺と兄さんは苦笑いする。

「じゃあ、とりあえず今顔を描いてやるから。
 ひとまずはそれで我慢しとけ。
 譲、マジック」
「は?」

 手をひらひらと泳がせて、マジックの催促をする兄さんに、
 それすら面倒くさいのか、と一瞬かちんと来る。

「何でだよ」
「だって俺マジックなんかどこにあるのか知らねえもん」
「……仕方ないな」

 縁側から立ち上がり、戸棚の引き出しから取り出したマジックを兄さんに放る。
 兄さんは音を立ててそれをキャッチした。

「ほら」
「おっ、サンキュ」

 兄さんは真剣な面持ちで見つめる先輩を一瞬みやると、
 少し考えて、一気にマジックを走らせ始めた。


背景画像:karonko photo material

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