かぼちゃの匂いはふたつある
Welcome Trick or treaters!!
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ハロウィンがあと一週間に迫った日曜日。
約束どおり兄さんは、かぼちゃにナイフを入れた。
日本のかぼちゃよりもそれは皮が薄く、ざっくりとすぐナイフが入る。
上をくるりとくり貫いた時、漂ってきた青臭い匂いに兄さんと先輩は顔を顰めた。
「あんまりいい匂いじゃねえな」
「かぼちゃってこんな臭いなの?青臭〜い」
「……一応、瓜ですから」
しかめっ面のまま、兄さんは中身を掻き出していく。
思っていたよりずっと水っぽくて柔らかい。
普段力を入れて包丁で切っているイメージとはかなり違う。
そもそもあの緑のかぼちゃを細工するのはかなり大変だろう。
中身を掻き出しきったのを確認すると兄さんは絶妙な力加減で、目をくりぬいた。
「おっ、なんかそれらしくなってきたじゃねーか」
「かっこいいね」
食い入るように、真剣な眼差しで先輩は兄さんの手元を見ている。
もしかしたら本当に息を止めているのかもしれないな。
貴方はいつもそうやって何事も一生懸命なんだから。
兄さんもぶつぶつ言っていたわりにやるとなったら集中している。
二人にはかなわないな。
終わったら一息入れよう。
俺は静かに立ち上がり、台所で湯を沸かし始めた。
いつも沸騰を教えてくれるオルゴール付きの注ぎ口の蓋を外す。
作業の邪魔はしたくない。
湧いた湯を、じゅっとポットに注ぐ。
色々と茶菓子を見繕って、二人のいるリビングに戻れば、
兄さんは最後の仕上げをしていた。
左右のバランスを見ながら八重歯の調整だ。
緊張の、一瞬。
「できた!」
兄さんはかぼちゃを空中で一回転させると満足げにテーブルの上にとん!と置き、
先にくり貫いた蓋をはめた。
先輩は立てひざをついてテーブルに腕を載せ、かぼちゃにぴったり視線を合わせるようにして
目をきらきらさせながら、じっと見入っている。
「お茶、入れてきましたよ」
「おっ、サンキュ」
「……先輩?」
「あーなったら暫く声をかけても無駄だと思うぞ。
俺は待ってないからな」
先輩の好みの甘さにしたミルクティーをそっと少し離れたところにおく。
一緒に昨日焼いたクッキーも添えて。
ちいさく声をかけたけれど貴方にはやっぱり聞こえていないみたいだ。
「望美の食い気を上回るなんてな」
それだけ貴方は喜んでいるのだろう。
そんな風に言いつつも、兄さんはまんざらでもないみたいだった。
苦笑いして、紅茶をひとくち飲み干した。
「そういや、アレ、どうすんだ?」
兄さんが指した先にはくり貫いたかぼちゃの中身が皿にのっていた。
「このかぼちゃ、観賞用で食べられないみたいなんだ」
「ああ?折角お前がこの後何かにするんだろうと、
それだけを楽しみに丁寧に皿にまでのっけてやったのに」
「勿体無いとは思うけれど、仕方ないよ」
「まあ、これで俺の役目は終わったな。
あとはお前にまかせてやるよ」
兄さんはニヤっと笑った。
「……なんだよ」
「だって、お前がハロウィンに巻き込まれたの、
お前の菓子が食いたい奴のせいだろ。
魂胆がみえみえだって」
「は?」
兄さんは、チョコチップクッキーをかじりながらくっくっと笑った。
兄さんが何で笑っているのかさっぱりわからず、
なんとなく面白くなくて俺もクッキーをかじった。
「前に母さんが言ってたけど、
近所でお前の作った菓子がうまいって評判になってるみたいだぜ。
食ってみたい奴が言い出したんだろ」
「そんな特別なことしてないよ」
「だとしてもなかなか食えるもんじゃないだろ。
…………お前基本あいつのためにしか作らねえから」
「兄さんっっ」
兄さんはニヤリと笑うと、いくつかクッキーを掴んで立ち上がった。
「譲、今晩バイトだからメシ要らねぇって母さんに言っといて、
って……メシ作るのどーせお前だからいいか。
でも夜食があるといいなあ〜」
「兄さんっ!!」
兄さんはひらひらと手を振ると二階に上がっていってしまった。
からかわれたイライラに任せてクッキーをかじれば、
貴方はようやく満足したのか、いつのまにかに椅子に座って
紅茶を飲んでいた。
……聞かれていなかっただろうか。
聞かれていたところで、きっと貴方は気付かないだろう。
そうわかっていてもヒヤリとしたものが背中を伝っていく。
「これ、食べられないのか〜、残念。
譲くんこれをプリンにしてくれるのかパイにしてくれるのか楽しみだったのに」
「聞いていたんですか!?」
「聞こえてたもん。
譲くんのお菓子、皆が楽しみにしてるんでしょ?
わたしも楽しみだな〜ハロウィン!」
「……そう、ですか?」
俺は、心を落ち着かせるために、紅茶を飲み干した。
貴方はにっこりと笑ってクッキーをかじっている。
「だって、これに火を灯したら仮装した子たちが遊びにくるんでしょ?
どれくらい来るのかなあ」
「……わかりませんね」
「でもお菓子なくなっちゃったらがっかりしちゃうね。
たくさん準備しとかないと」
「そうですね。後で確認してきます」
「たっくさん作ってね? 残っても大丈夫だよ?
残ったのは全部わたしたちが食べちゃうから」
貴方は満面の笑みでそんなことを言う。
今度はお菓子の山でも見てみたいのだろうか。
俺はこっそりとためいきをつく。
貴方は現金だな、と思うのにその期待には応えてみたい。
さっき、嬉しそうにかぼちゃを見つめていた貴方を思い出す。
あんなふうに、喜んでくれる貴方を見たい。
本当に貴方に甘いな、とは思うけれど。
「わかりました。
たくさん準備することにします」
「わたしも、手伝うね!!
……お料理だと、あんまり出来ることないけど」
確かに料理となると貴方にしてほしいことは少ない。
でも、少しの期待が頭に浮かんだ。
「たくさんのお菓子を作るなら買出しに行かないといけませんね。
ひとりだと厳しいと思うんです。
あと、俺センスに自信がないんでお菓子を入れる袋とか、ラッピング、
先輩に選んで欲しいんですが、いいですか?」
「うん、いいよ!」
貴方はにっこりと笑い、じゃ、これから行こう!と、立ち上がった。
心の準備がいまいち出来ていなかった俺は、
驚いて貴方を見つめたけれど断る理由なんて何もない。
さっき玄関のドアがしまる音が聞こえた。
ということは、……もう兄さんは出かけてしまったのだろう。
まさか貴方とふたりきりで出かけられるなんて思ってもみなかったな。
これは、来週のご褒美だろうか。
貴方はきょとんと俺を見つめると、何か予定あった?と首を傾げた。
いいえ、と答えれば。
じゃあ十五分後に集合ね!
貴方は笑って、自宅に戻っていった。