いつかかえるところ
−3−
朝日が差し込むベッドを眠い目をこすって起き上がる。
泣いたせいで少し目が腫れていたけれど、気持ちはすっきりとしている。
おばさんはもう仕事に出かけたらしい。
朝ごはんの支度を始めると、その音でルノーとユージィンが起きて来た。
「おはようございます、テレサ」
「おはよう、ユージィン」
「お姉ちゃんおはよう」
「おはよう、ルノー。顔洗った?」
「うん。
な、何か今日お姉ちゃん元気だね。いいことあった?」
「うん、あったかな」
ささっとお皿をセットして三人分の朝ごはんの出来上がり。
玄関の棚の上にはもうお弁当の用意も出来ている。
自分の現金さに可笑しくなって笑うと、ユージィンと目が合った。
「いただきます」
三人で声を合わせて食事を始める。
こんなにオレンジって甘くていい香りがしたっけ。
ベーコンってこんなに塩辛いだけじゃなくて、美味しかったんだっけ。
こんなにお茶って薫り高くて、心落ち着くものだったっけ。
久しぶりの食事のような気持ちでおかわりまでしたわたしを、
ルノーはにこにこしながら見つめていた。
「テレサ」
「なあに?ユージィン」
「今日学校が終わった後何か予定はありますか?」
いきなり何を言い出すんだろう。
ユージィンを見つめれば、少し照れたように顔を背け、
「予定があるのならよいのですが」
「別に無いよ、晩ごはんの買出しくらい」
「……では、広場で待ち合わせませんか?」
「三人で行くの?」
「お姉ちゃん!な、なんか違うよ。
ユージィンはお姉ちゃんを誘ってるんだよね?」
「……ええ!?」
驚いて口に入れたパンで喉を詰まらせる。
慌ててお茶で流し込んで、ユージィンを見れば、
寂しそうな顔をしている。
「二人で出かけるの?嬉しいよ。
一緒に行こう」
「ええ。
まだこのあたりが詳しいと言えませんので、
貴方の行きたい場所にでも行ければと思いまして」
「お姉ちゃん良かったね。
ふ、ふたりで楽しんできてね!喧嘩しちゃだめだよ?」
「しないよ!」
ルノーのことを想うあまり、ふたりは衝突を繰り返した。
そんな日が今は懐かしい。
学校が終わるのが楽しみだなんて初めてだ。
「じゃあ学校が終わったら広場で待ってるね」
「ええ」
そう約束して、手を振って別れる。
早く時間が経ちますようにそう願うのに時間はちっとも進まない。
でも授業の内容は前よりは入ってきている気がする。
一緒に帰ろうと言ってくれたソフィーにごめんと謝って、
村の広場へ出ればユージィンが待っていた。
「テレサ、早かったですね」
「そうかな?」
「学校の終わりの鐘の音を確認してから工房を出たのですが」
「……早くユージィンに会いたかったから」
「そうですか。
では貴方の行きたい場所は何処ですか?」
広場の一角にあるカフェを指差すと、ユージィンは頷いて行きましょう歩き出した。
あの日と同じようにテラス席に座る。
見えるのはいつも見慣れた村の風景。素敵な街並みじゃない。
行き交うのも皆顔見知りばかりなのが少し気恥ずかしい。
あの時はまったく知らない街だからこそあんなに寛ぐことが出来たのかもしれない。
通りすがりのソフィーが一瞬驚いて、頑張ってね〜とでも言いたげ顔で、
ひらひらと手を振って行ってしまった。
きっと明日は学校で問い詰められるに決まってる。
恥ずかしくてうつむいたわたしをユージィンは笑う。
「店内の方が良かったですか?」
「テラス席が良かったからいい」
「そうですか。
こちらの方が風が吹き抜けて気持ちが良いですね」
気持ち良さそうにユージィンは髪をかきあげて、注文したお茶をひとくち飲んだ。
「こうやってユージィンとカフェにまた来たいと思ってたんだ」
「また?」
「うん、……前に一回だけ」
「そうですか」
「でも願いが叶ったから、嬉しいよ」
「だったら良いのですが。
ルノーにずっと叱られていたのです。
ぼくばっかり誘わないでお姉ちゃんも誘って!と。
誘っていいものかどうかずっとわからなかったものですから」
「わたしもユージィンを誘っていいのかずっとわからなかったよ。
お相子だね」
ティーカップを持って笑い合う。
「ようやく自分が生きているという実感が湧いてきました」
「……うん」
「何だか今までは何かに生かされてきたような気がして」
「生かされてきた?」
「私が助けられた時、こう言っていたそうです。
『私の神が生きろと命じた』と。
貴方には何かわかりますか」
金色の瞳と深い緑の瞳に深い哀しみを宿していたレヴィアス様。
レヴィアス様の行方はわからない。
ただ止めを刺すには至らなかったとは聞いている。
レヴィアス様がユージィンに生きろと命じたんだ。
でもレヴィアス様と騎士団を失ってユージィンは生きられない。
だから、ユージィンはその命令に従うために、それまでの自分を
あの炎の中で殺したんだ。
ユージィンの記憶はもう戻ることは絶対に無い。
ユージィンは命令を徹底的に完遂する人。
それは対象が自分であっても手加減なんてするわけない。
そう出来てしまった強靭な意志の強さ、想いの深さに泣きそうになる。
「テレサ?
私は何かまたおかしなことを口にしましたか?」
「ううん。
わたしもその神様を信じてた。
だからユージィンもその言葉を信じて生きて。
きっと色んなことがあるけれど良いこともたくさんあるから」
「そうですね」
目を閉じれば皆の顔が浮かぶ。
それはルノーも同じだろう。
ユージィンが覚えていなくても、わたしたち二人が覚えていればそれでいい。
あの楽しかった日々を、皆で駆け抜けた時間を、
わたしたちは決して忘れない。
「でも私は貴方とルノーに出会ったときようやく帰る場所を見つけたのです。
自分が誰だかわからない不安よりも、行くあてのない不安の方が大きかった。
ようやく自分が生きていても良いのだと、そう思えたのです」
「うん……。
わたしもずっとユージィンの傍にいたい」
「ええ」
きゅっと握られた手のぬくもりが嬉しくて、
ユージィンをぼんやりと見つめていたら夕時を告げる鐘が鳴った。
「いけない。買い物しないと!晩ごはんの支度が出来なくなっちゃう!!」
「では行きましょうか」
ユージィンは立ち上がるとわたしの手を取った。
晩ごはんの支度をしている家々から良い匂いがしている。
買い物を済ませて帰ろう。わたしたちの家に。
きゅっと握る手に力を込めると、ユージィンもそっと握り返してくれた。