神風吹かず
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傍付が出した茶を啜る。
さて、どうしたものかな。
そう言葉に出したところで妙案など浮かぶはずもなく、ぼんやりと戸の外を眺めた。
晴れた空を背に今日も桜島は白煙を上げている。
「出来れば穏便に済ませたいところだけれどね」
「何をおっしゃいますか」
「……ただの独り言でしょ。
いちいち突っ込まないでくれる?こちらの身が持たないよ。
まったく誰も彼も生真面目で頭が固くて嫌になるね」
失礼致しましたと形ばかりの頭を下げるこの傍付もやはり頭が固いと思う。
傍付に推されるだけあり、彼は示現の剣の使い手だ。
愚直なまでの潔さは、まるで示現流そのものだけれど口は堅い。
それは美点と言ってもいいかもしれなかった。
彼のお陰で私は重たい剣を持たずに済むのなら礼くらい言っても良いのかもしれない。
外海から来た黒船の打った砲は、ずっと眠っていたこの国に風穴を開けた。
正確に言えば黒船の到来時期は知るものは既に知っていた。
それでも対応は遅れに遅れている。
民衆を眠らせることでずっと平らかであったこの武士の国は、
戦うことを忘れたくせに戦うことを宿命付けられた侍によって治められている。
武士は戦うもの。民衆は守られるべきもの。
本当にそうだろうか。
戦い方を忘れた侍は、民衆より強い力を保持できているのだろうか。
敬意を払うふりをして、腰に下げた竹光を民衆はきっと笑っているだろう。
治世に問題がたとえなかったとしても、旧い体制は時代に対応し切れなくなる時がくる。
打ち込まれた大砲の音で目覚めなくとも、きっとその時はいつか来たのだ。
「それが今だと肌で感じているものはどれだけいるのだろうね。
面倒なんて言ったらきっと皆に怒られて、
国の命を懸けるほどの大事に心熱くするべきだなんて泣かれるのかな。
……まったくいい迷惑だよ」
いかにも自分にそぐわない思考に苦笑いする。
この時期に自分がこの地位にいるということは運命だということか。
志や運命という言葉の持つ甘美な響きに惑わされまいとは思う。
そしてそういった類の言葉に自分が揺さぶられない性質を持っているのは知っていた。
けれど。
力を認められて今の地位に立つのなら。
時代の変わり目をいち早く感じ取ってしまっているならば。
その責任を果たさずにはいられない自分の気性は知っていた。
私はそういった義務感には弱い。
そして自分に出来ると思い浮かんだことは実現させずにはいられない。
どんな結末になったとしても一度情熱を注いでしまったら、もう止まれないのだ。
かつて親に泣かれて自ら弦を切った琵琶のように。
たとえやりすぎだと嗤われてもその道を極めるまで、私は立ち止まることは出来ない。
そんなかつての少年時代の激情はどこかへ行ってしまったのだと思っていた。
しかし人はそれほど変われはしない。
必要以上の思い入れを持たないように、自分を何処かで殺してきたのだろう。
それでも、私は認められてここにいる。
私がそれなりの能力を持たされて生まれてきたのならそれを使わないのは罪だ。
私に力を尽くせという、これは天啓なのだろうか。
「神様なんて、信じたこともないのに、
……私は何を言っているんだろうね」
神にも縋りたい気分なのだろう。
決断を他人を頼れない以上、今頼むのか神か、自分か。
成し得ると評価され、この地位に納まっている以上、出来ないとは口に出せない。
それほど本当は期待されていなくとも、結果を出せないことを一番許せないのは自分だった。
自分を、状況を冷静に省みれば必ず道は開けるだろう。
その予感はあっても、この一大事をどう裁くのか。
家老に上がっての初の仕事がこれとは。
自分がそれほどの力を持たないと理解しているならば、能ある人をいかにうまく使うか。
すべてはそれにかかっている。
人とのつながりは財産なのだと思っていた。
自分自身の力を正確に見極め、得手不得手は知り尽くしているつもりだった。
例えば私は人望というものをたやすく持てる性格ではない。
出会った人間を魅了するような、雰囲気も包容力も持たない。
ただこつこつと成果を積み上げて、それを他人に評価されるような人間だ。
人が見て私に感じる印象は『誠実』『清廉』『丁寧』といったところか。
『剛毅』や『明朗』。『闊達』や『豪胆』さを感じる人間などいないだろう。
それを欲しがったところで持てるものでもない。
ただ『誠実』さが、妄信的に。『清廉』が潔癖に。
『丁寧』が神経質に見えぬように自分をある程度律することは可能だろう。
そうした自分に持たないものをどう積極的に使うか。使わせることが出来るか。
上に立つものとして、それを考えられないのは罪だ。
人を支配する側として生まれ、生きていくのなら。
例え自分に才はなくとも、才能のあるものを上手く使えればいい。
自分に無い才を持つものを探し出せばいい。
自分に才はないのだと。己を見つめることが出来ないものが。
その覚悟の無い人間がどうも多すぎる。
それをのさばらせているのが、生まれついた身分によって人生が定まる今の時代だ。
その悪循環を生むのがその制度であるのなら、それを立ち切ってしまえばいい。
支配される側は搾取されることを恨む。
では支配する側は何を恨む?
……権力の真裏にある責任を恨む。
何も知らずただ文句ばかり並べ立てる愚かな民を恨むのだろう。
それをそろそろ一度外してみるべきではないのか、と思う。
それが崩れた先に何があるのだろう。
何もないのかもしれない。
けれど自分で掴み取ったわけでもない権力にただ胡坐をかくだけの人間が蔓延るこの国の先は暗い。
かつての支配層であった貴族が武士に変わっても。
支配する側がいる国の形は変わってはこなかったと言うべきだろう。
平等。
その響きは確かに甘美だ。
けれど、その裏にある責任というものを担うだけの力を果たしてこの国の民は持ちえるのだろうか。
わからない。
そんな国の姿を目にすることが出来るなら力を尽くすのも悪くないのかもしれない。
出来ないこともない。
そう思ってしまったらやらずにはいられない自分に苦笑いしそこで一旦思考を止めた。
座っていることに飽きて立ち上がり、外を見やれば、城下に広がる街が見えた。
目を閉じて、それが焼き尽くされるのを思い描いてみるが気持ちのいいものでもない。
「……まったく忙しさに目が回るというのに、あの男は悠々と島暮らしとはのんきなものだね」
「御家老、口が過ぎます」
「聞いていたの?」
「聴こえてしまいました」
「まあいい。
島流しなど一度で充分だろうに。
二度目になれば物好きとしか言いようがないよ」
「西郷様は」
「わかっているよ。あの男が馬鹿がつくほど義理堅いことくらい。
国父殿もあの男の使いどころがわかっていながら、不甲斐ないことだね。
……少しは冷静になってくれれば私もこんな苦労はしないで済むのだけれど」
「御家老!」
「……少しくらいいでしょ。愚痴ぐらい。
君だって私が本気で言っているとは思っていないだろうに」
「はあ」
再び座り、口に運んだ茶は既に冷めていた。
薩摩では晴天でも、灰が降る。
……けれど砲弾の雨を降らせたくは無い。そう思ってもその回避は難しそうだった。
違法と知りつつも、琉球とも異国船とも密かに行われる交易によって賑わう港。
その水面に軍艦が並び、砲門がこちらに向けられる日が迫っている。
半年ほど前生麦村で起こった事件によって薩摩はかつて無い窮地に追い込まれた。
大名行列を横切った民間人を含む英国人の無礼討ち。
日の本国内であれば、当然である処罰であったけれど、相手は異邦人であった。
私もその行列に同行していたけれど、何が出来たというのか。
そしてその旅で薩摩に帰ったと同時に私は家老を命じられる。
拒む理由は無いとしても、いきなり難題を突きつけられ、
責任を押し付けられた怒りは心の中に燻っていないと言ったら嘘になる。
「この大事な時期に何故英国と事を構えねばならないのだろうね」
全て異人が悪いとは言い切れないだろうに。
そうは思えど口には出さない。
そんな考えが浮かぶのは自分が生活に困ることない恵まれた身分で、
俯瞰して眺めることが出来る程度には物事を知ることが叶う立場にいるからだ。
民の多くは異邦人を知らず、異国の力も、文化も知り得ない。
深入りすれば幕府が定めた禁忌に触れる。
平らかであれと、閉ざされたわが国。
確かに外から吹く風に煽られる事無く太平の世は長く続いた。
唯一の例外と赦され、わずかに開かれた出島。
そこに訪れる和蘭人より、時折入る外海に吹く世界の風を
江戸より近しい薩摩の人間はかねてより親しんできた。
私自身もついこの前まで長崎に行かされたばかりだ。
突然響いた大砲の音に、眠っていた目を開かされた江戸の城下の者たちは、
必要以上に萎縮し、過剰なまでの警戒心を露にした。それも無理もないことだ。
斉彬公ならどうしたのだろうか。
今だ斉彬公がご存命ならこの状況はありえなかったのかもしれない。
少なくとも、英国との戦は。
半年の間にきっと何らかの手は打たれただろう。
この四面楚歌とも言える状況の中で、考える頭を持った人間がどれ程いるというのだろう。
そしてその中で答えを出せるものはもっと少ない。
しかし私は薩摩藩の為政を預かる家老として答えをどんな形にしろ出さねばならなかった。
私が歩む道筋は斉彬公に定められたようなものだ。
今はそれを少し恨みたいような気持ちだった。
この運命は間違いなくかの名君に与えられたのだから。
武士の家の三男と生まれたからには、何処かへ養子に出されるのは
定められた流れだったろうけれど、自分が小松家の跡目におさまるとは思っていなかった。
赴任先の琉球の地で死んだ師である小松清猷の早すぎた死が全てを加速させたとしか思えない。
斉彬公の勧めで、師の妹御千賀殿との婚姻の話もあったけれど、
他に想う方のあったあの人との婚姻は断り、跡目養子を迎えることを条件に家督を継いだ。
もともと斉彬公の側近として取り立てられていた先代の跡目を継いだことで、
注目はされていたのかもしれない。
私は自分の出来ることを淡々とやってきただけだ。
けれど、斉彬公亡き後、一度は隠居をした筈の父君斉興公の束の間の復権により、
次代藩主と目されてきた弟君、久光公ではなくその子息茂久公が指名される。
若き孫を藩主に据えて実権を再度握ろうとした斉興公も死去され、
混乱の中久光公は国父として初めて表舞台へ上がった。
久光公も決して力無い方ではない。
けれど、長い間実権を握られた斉興公や、短い治世ながらも名君であった斉彬公と
比べたなら為政者としては見劣りするのは仕方の無いことだった。
第三子として生まれた久光公は、斉彬公とは違い、薩摩の国を出たことも無い。
諸藩の列候との親交も、時代の潮流の中心となっていた京での足がかりも無い。
ただ藩主の父であるというだけで、官職もない。
薩摩藩の領内ではそれなりに影響力はあったとしても、国父となられた久光公は
藩の外、国政への足がかりは欲しかったのだろう。
先代将軍の御台所として江戸へ嫁がれた篤姫の輿入れの準備に奔走し、
江戸にも京にも繋がりのあった西郷に目をつけたのはまあ当然のなりゆきであっただろう。
「別に先代は死ぬまでの忠義を誓わせたわけでもないだろうに」
「……まあ西郷様は義理堅い方ですから」
「まあね。
情けで入水までして死ねなかったのだから、まだ天命があると悟ってもよかったのに、
一度の島暮らしでは、冷静になりきれなかったようだね」
「ご家老、……月照殿のことは」
「禁句だとでも言いたいの?
まあ、あんまりいい話ではないか。
大久保はまあ使えなくもないけれど、本当に信頼に足るのは西郷だと
国父殿も考えていたのだろうね。
……二度もあればお互い茹で上がった頭もそろそろ冷えてもよい頃と思うのだけれど。
島で妻も娶ったようだし、少しは先を見ることが出来るようになっていればいいけれどね。
さて、いつとりなすか。手間のかかることだよ」
「はあ……」
国父、島津国光公の意向によって水面下で英国領事パークス殿、
グラバー商会との接触が始まりそれは良好に進んでいた。
英国領事館も、薩摩藩も事を構えるつもりは無かった。
ふらりと旅行の最後に記念にと極東に立ち寄った旅行者の常識はずれの行いのせいか。
国父と誇りを守り抜いたと息巻く藩士による暴走か。
それとも初の江戸出向ついでに幕府に口を出し、力を確信した国父殿の慢心か。
生麦村で起きた刃傷沙汰がここまで大きくなるとは。
間に幕府が意味も無く調停に入ったせいなのか。
満足な外交手腕も見せられないままつけいれられ、賠償金を英国に搾り取られるくらいなら
初めから介入などせねばいい、と思う。
ただでさえ財政の危うい幕府の屋台骨はさらに傾き、度重なる不手際にさらに権威は失墜。
その状況を倒幕に燃える志士は喜んでいるのだろうか。
それとも外国の理不尽に攘夷論はさらに燃え上がるのだろうか。
幕府の介入が無ければ、煙に巻きうやむやにして終わりにすることも出来たのかもしれない。
英国人の外交官はその手腕に長けた紳士(ジェントルマン)揃いなのだから。
「誰も彼も、まったく余計なことを」
国の代表である幕府が賠償金を払うことになってしまった現在、
薩摩が何らかの形で英国に非を認め賠償をしなければ不自然な流れになってしまった。
それを怠っていると対外的に見える今、何らかの報復を英国はして見せなければならないのだろう。
それはお互いに禍根を残すばかりだ、百害あって一利もない。
行列を横切られ、無礼を働かれた当の本人の国父殿ですら、今の状況を歯がゆく思っているだろう。
しかし、英国領事館とやりとりがあることを知る者はごく限られたものばかり。
先ほど会った顔色の悪い幕府からの使者を筆頭にほとんどそれは知られていない。
江戸幕府開府前の関が原の合戦での敗者である西軍の流れをくみ、
外様として封じられたものたちは、幕府に遺恨を抱いている。
幸運にも薩摩は江戸より遠いせいか領地が大幅に減らされることも無く
転地もなかったけれど、大幅に領地を封じられた例えば長州などは恨みが深いと言う。
幕府よりは朝廷の意向を重んじる風潮はそれからきているのだろうか。
それにしても攘夷の実行とは。
これで英国がまた薩摩に報復しなければならない材料が増える。
薩摩は遠い。
一度英国の関係者と話をするのなら極秘に下関あたりに出向かねばならないだろう。
まったく忙しいことだね。
ため息をついて冷め切った茶を一息に飲み干し、傍付に新しい茶を出すように頼んだ。