「どうしたものかな」

 届けられた報告を読む限り国元ではそう大きな問題は起きてはいない。
 勿論私が直接手を下さなくても困らないように手を打っては来た。
 目下の一番の障害はやはり薩摩と長州の同盟。
 これが成らなくては何も先に進まない。
 西郷も大久保も働いてくれてはいるけれど、やはり自分が前に出ることで、
 信頼の重みは増すのだろう。
 その圧力で、長州の首を縦に振らせる。

「私が表立って音頭を取るつもりはなかったのだけれどね」

 もう少し時間に余裕があったのなら、西郷に任せきりにも出来ただろう。
 けれど乱れる世相に、蔓延る怨霊に陽炎。
 封印を健気に続けているゆきくんの体力も、
 藩邸と私邸を守り抜こうと奮闘してくれている藩士たちの気力が尽きるのも時間の問題だ。
 士気が落ちる前に出来れば同盟を成し、日光にいる宰相を討たねばこの流れは変わらない。
 時間がかかれば全ては手遅れになってしまうことも有り得る。
 今は建前よりも成果を優先させなければ。
 私のような『身分』が政治を行う旧い時代は終わっていくのだと肌で感じていても、
 まだ私にも出来ることがあるということがまだ変わりきってはいない証。
 ゆきくんにはのんびり下野でもするかな、と語ってみたけれど
 それがどんな生き方なのか正直よくわからなかった。

「この煩わしさ、忙しなさはきっとないのだろうけれどね」

 それをつまらないと感じてしまう人間は、
 ある程度の忙しさを必要としている人種なのだろう。
 充実の無い人生など考えられない。
 きっと何かを見つけそれに打ち込んでいくのだろうか。
 それは何だろうと考えているうちに私はいつしか眠っていたらしい。
 ふと目が覚めると、肩に衣がかけられていた。

「ん?」
「……起こしてしまいましたか?」
「ゆきくん?
 どうしてここに?」
「相談があったので来たら眠っていたので、
 これをかけてあげてくださいって頼まれたんです」
「そう、君がかけてくれたの。
 ありがとう」
「頼まれただけ、なんですけど」
「君がかけてくれたと思うと嬉しいのだからそれでいいんだよ」
「そうですか?」

 薩長同盟の場に君を呼ぶという考えがふと頭を過ぎった。
 私は君の八葉だ。君を奉じる立場にある。
 あくまで君の付き人としてその場にいたのなら、
 私の音頭で同盟が成ったとは残らない。
 あくまでも龍馬の提案と、龍神の神子の願う平和への祈りで
 薩長のいがみ合いは終わったのだと歴史には残しておきたい。
 それは君を利用するということだ。
 君にかつてそんなことを口にした気がするけれど、存外それは嫌なものだった。
 それは今君を愛おしいものだと思ってしまっているからだろう。
 君に傍にいてほしいと願う資格などやはり私には無いのかな。
 少なくとも薩摩藩家老である間は。
 そう苦笑いする私を、君は不思議そうに見つめた。

背景画像:MAPPY
情味 小松ver.