好意で出してくれた御内儀には悪いとは思うものの、
 慣れない雑煮に箸がなかなか進まない。

「……正月が過ぎてから京に来るわけにも……いかなかったが」

 折角合流したというのに、高杉がため息をついた。

「……まあ、時流は待ってはくれないし。
 一時も早く同盟の取り纏めをしなければならないというのはわかっているけれど」
「帯刀は藩邸に戻れば雑煮があったんじゃないのか」
「まあ、そうだとしてもね。
 皆で膳を囲んでみたいと思うことは別に悪いことでもないでしょ」
「全員でこうして集まるのは大事ですよ」

 一人で雑煮に舌鼓を打つサトウは皆の顔を不思議そうに眺めた。

「皆さん如何されたんです?とても美味しいのに」
「まあ旨いは旨いんだけど、なぁ……」

 龍馬が苦笑いして頭を掻いた。
 チナミがため息をついてサトウに説明する。

「正月に食す雑煮は故郷によってまったく違うのだ。
 サトウにだって故郷の味はあるだろう?」
「ふうん、そういうものなのですか。
 そういえば京生まれの方はこの人数でもいらっしゃらなかったですね」
「そうだな、そういわれてみりゃあ、そうだな」
「そうですね」
「じゃあ、皆さんの故郷のお雑煮ってどんな風だったのでしょう?
 興味がありますのでお聞かせ願いたいものですね。
 でも折角のご内儀の好意ですから、冷めないうちに頂きながら、ね」
「そうだな。餅は冷えると旨くないからな」
「そうだね」

 複雑な顔でそれぞれが椀に口をつける。

「じゃあ、そうだな。
 チナミくんからお聞かせ願いましょうか」
「うむ。
 オレの故郷の雑煮は、澄まし汁で餅が四角くて香ばしく焼いてあった。
 鶏や青菜、里芋やごぼうなどが入っていたな」
「僕のうちもそうでした。
 江戸にいたころは道場の皆と一緒にそういう雑煮を食べた覚えがあります」
「うちもそうかなー」
「瞬兄、うちもそんな感じだったよね」
「そうですね。気分で具が変わっていたようにも思いますが、
 だいたい関東風と言われるものだったと思います」
「なるほど、関東は澄まし汁ですか。
 ではこの白味噌仕立ての雑煮はまったく違いますね」
「……もちが焼いていなくて丸いのも妙な感じだ」

 チナミが俯いたのをサトウは感心したように眺めた。

「では、そうですね。
 じゃあ龍馬さんに次は伺ってみましょうか」
「俺?
 そうだなあ土佐も澄まし汁だったな。鰹節のだしがばっちりきいて、
 でかいかまぼこが入るんだ。あれが旨くてな。
 里芋人参ほうれん草なんかも入ってたな。
 どうも四国は他の場所じゃあ丸餅らしいんだが、土佐は焼いた角餅だったな」
「ふうん、じゃあ龍馬さんのお雑煮も角餅の、澄まし汁と」
「そうだな」
「そうなのか。
 俺の故郷も澄まし汁だな。ただし餅は丸餅で決して焼かないが。
 肉類も入らない野菜だけのごくあっさりしたものだ」
「野菜だけなの?」
「俺の家はそうだったな」
「高杉さんまでお伺いしましたが、
 これまで味噌味の雑煮がまだ出てきていませんね。
 大変に興味深い。
 じゃあ桜智さんのお雑煮はどんなでしたか?」
「私……?
 各地をまわったりもしたけれど……
 長崎も澄まし汁だったと思うよ。
 餅は丸餅で煮ていたね。
 塩鰤か鯛、ちくわや白菜それにこんにゃくが入っているのが少し変わっていたのかな」
「こんにゃくかぁ……違うもんだなあ」
「基本鰹のだしだったとは思うけど、あごだしや昆布、鶏がらで作ることも
 あるみたいだね」
「なるほど。
 じゃあ小松さんのお雑煮ってどんなお雑煮なんですか?」
「……澄まし汁だけれど、干し海老が入って海老のだしが利いた味だね」
「海老味!?」
「そう。
 鶏肉や里芋やなにかは他の地方と変わらないのかもしれないけれど、
 もやしや春菊なども入っていたね。
 ああ、餅は角餅で焼いていたかな」
「海老のあじかあ……想像がつかないなあ」
「何故か驚かれることが多いけれど、美味しいと思うよ、少なくとも私はね」
「Oh……こうも違うとは思っても見ませんでした。
 では誰も味噌仕立ての雑煮を親しんできたわけではないということですか」
「……不思議だけれど、そうなるね」

 ゆきは静かに雑煮を食べ終えると、ごちそうさま、と箸を置き手を合わせた。

「でもやっぱりお雑煮を食べるとお正月って感じがするし、
 それにとても温まるね」
「違いない」
「まあたまには故郷の味も恋しくはなるけれど、これはこれで悪くはないもんな」
「ご内儀のご好意ですしね」

 頷き合うと、皆も食べ終えて、席を立ちそれぞれの場所へ戻っていった。
 ゆきはそれを見送ると、少し考えるようにして窓辺に立つ。

「ゆきくん、何か考えているのかな?」
「小松さん」
「……だいたい考えていることはわかる気がするから後で届けさせるよ」
「いいんですか?」
「藩邸もあるし、京には私の邸だってあるんだよ。
 届けさせるだけなら難しいことじゃないよ。
 それに君がどんな風に腕をふるうのか興味もあるしね」








「おお、これだよこれ!」

 都が嬉しそうに椀を覗き込み、チナミとハイタッチをする。

「これはこれで美味しそうですね。
 では頂きます、ゆき」
「口に合うといいんだけど、アーネスト、どうぞ。
 高杉さんのはいりこだしですよね。
 つゆを別にしてあるので、こっちをどうぞ」
「ほう、こんな計らいをして貰っては八葉として働かぬわけにもいかないな」
「……晋作、もっと素直に嬉しそうにしてみろよ。
 折角お嬢が作ってくれたんだぜ」
「いや、本当に忝い」

 高杉は嬉しそうにつゆをすすり、沁みるな、と呟いた。

「龍馬さんはこっちです。大きなかまぼこは無かったんですけど、
 かまぼこを入れてみました」
「おう、お嬢嬉しいことしてくれるじゃねえか」
「喜んでくれたら嬉しい」
「嬉しいに決まってるだろ、こんなことされちゃ惚れ直すってな」

 照れたように笑う龍馬ににっこりと微笑みかけると、
 ゆきは桜智に椀を渡した。

「桜智さんはこっち。塩鰤はちょっと難しかったから、
 鯛の切り身を入れてみたの」
「……ありがとう。
 長崎にはだいぶ帰っていないから凄く懐かしいし、……その、
 ゆきちゃんの作ってくれたお雑煮なんて勿体無くて食べられないよ」
「さめる前に食べてくれた方が嬉しい……」
「も、勿論だよ、ゆきちゃん。
 ……あ、熱い」
「気をつけて、桜智さん」
「君の私への想いが……熱い……なんて、そんな……ああっ」
「……放っておこう」
「相変わらずだな」
「全くだ」
「で、私の分もあるのかな」

 面白そうに顛末を見ていた小松にゆきは恐る恐る椀を差し出した。
 椀に乗っているのは桜海老。

「干し海老ってどんなものかわからなくて、
 雰囲気だけでも出ていたらと思って」
「君が考えてそうしてくれたの?」
「はい」
「じゃあ頂こう」

 その汁には干し海老の味のように力強くは無かったけれど、
 しっかりと海老の香りが漂い、その儚さがむしろゆきのようだと小松は思った。

「おいしく無かったですか?」
「塩かげんもいいし上品な味だね。
 気にすることは無いよ。
 私の場合その気になれば藩邸に戻ればよいのだし。
 それにこの儚さが逆に故郷への懐かしさを掻き立てる気さえするから、
 これはこれでいいものかな」
「ありがとうございます」
「その、小松殿の雑煮も気になるな」
「俺は鯛の入ってる奴も食べてみたいぞ」
「もちを焼いたのに海苔を巻いて醤油つけて食べたい」
「それもいいな」

 火鉢で角餅を焼き始めたチナミに、皆がいくつ焼くか注文をする。

「自分で焼けばいいと思うのだが」
「チナミが焼き始めてしまったのだから、焼けばいいと思います。
 ああ、僕は二つ下さい」
「沖田ッ」
「そういえばご内儀が小豆を煮たと言っていました。
 後で汁粉も後で頂きましょうか、ゆき」
「そうだね、瞬兄」

 切り餅と一緒に小豆も薩摩藩士が届けてくれていた。
 けれどそれは別に言わなくていいことだから黙っていなさい。
 小松がそう言ったことを思い出してゆきは黙って頭を下げる。
 別に礼を言われるほどのことじゃない。
 こうして皆が少しでも嬉しそうな顔をしてくれるのなら安いものだ。
 君の作った雑煮も味わえたことだしね。
 ただの雑煮ではない今年限りの味だから、きちんと味わっておこうか。
 小松は改めて椀を持ち上げると、目を細めて汁を口にした。

背景画像:Abundant Shine
おめでとう 遙か5ver.