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「あー寒い。
 今日も一段と寒いですね、泰継さん」
「神子、手を出してみろ」
「えっ、あっ、あの」
「こんなに冷たくなって」

 急に泰継に手をとられ、花梨は驚きに目を白黒させた。
 吐く息も白い。
 糺の森は今日もしんと静かに清澄な気をたたえている。
 降り積もった雪を、花梨はブーツでさくさくと軽快に歩く。
 泰継は楽しそうな花梨に目を細めた。

「!」
「……どうしたんですか?」
「誰か人の気配がする。
 ……これは」

 剣が空を切る音と、聞きなれた掛け声。
 頼忠が鍛錬を励んでいた。

「頼忠さん!?」
「!!!!
 これは神子殿。こんなところでお会いできるとは。
 今日の供は」
「私だ」
「これは、泰継殿」
「お前はここで何をしている」
「私はここで時折鍛錬に励んでおります。
 武士団の元では人も多く、時には一人で集中する時間も必要ですので」
「ふん」
「……今日、頼忠さんとこんなところで会えると思ってなかったからびっくりしたよ。
 でも初めて会ったのもここだったね」
「ええ」

 目を細めて笑う頼忠に、泰継は一瞬むっとしたけれど、
 この感情はなんだろう?と考えるうちに花梨に伝える機会を失った。
 頼忠は、感情をはっきりと表わす男では無いけれど、
 そういった感情を測るのが不得手な泰継にも花梨を大事だと、守りたいと、
 今日会えて嬉しいと思っているらしいことは伝わった。
 自分が花梨と共にいる時、これほどの幸せを感じているのを、
 花梨に伝えることは出来ているのだろうか。
 それを伝えるにはどうしたらいい?
 大晦日、龍神を呼び、京に溜まった穢れを振り払った後どうなるのだろうか。
 初めて浮かんだ『今後』についての考えに泰継は胸が苦しくなった。

「!?
 泰継さん、どうしたの?」

 花梨は泰継の頬に手を当てる。
 その暖かさと、優しさに心から安堵して、
 どうして神子の手はこんなにも自分を温めるのだろうと泰継はまた考えでいっぱいになった。

「問題ない」
「そう?それならいいけど」

 そう言って安心したのか、また花梨が頼忠のほうへ向いた時、
 泰継の心の中に大きな不安が渦を巻いた。
 自分の感情を律しきれない時など、今まで無かったのに。
 ふと誰かが自分に訴える声が聞こえた。
 なんだろう。泰継が耳を済ませると、

『その小僧はかつて、わしを打った。
 それゆえ、幹は歪な伸びかたをしたのだ、口惜しい』

 振り向くと、奇妙な形に歪んだ木があった。

「頼忠」
「なんでしょうか」
「お前はかつてこの幹を打ったことはあるか」
「!!
 それは」
「ここが歪んでいるだろう。
 かつてお前が打ち込んだときに生じた歪みだ。
 ……ふむ」

 続けて聞こえてきた声に、泰継は耳を澄ませる。

『どれほどの技をその後身につけたのか、
 わしに打ち込んで証明してみせい』

「どれほどの鍛錬をその後積んだか証明してみせろと、この木は言っている」
「……そんなことが」
「泰継さん?」
「神子は少し黙っていろ。
 どうするのか頼忠、答えろ」

 少し考え込んだ後、頼忠は真っ直ぐにその木を見つめ、
 踏み込むと同時に刀を抜くと、そのまま振り抜いた。
 花梨はその勢いと気迫に押され、目を閉じる。
 再び目を開けたときには何事も無かったように頼忠は刀を鞘に納めていた。

「あの、えっと!?」
「今私に出来る最高の技をお見せ出来たでしょうか。
 振りぬけば、この幹は斬れてしまいますので、形だけではありますが」

 さわさわと木が枝を揺らすのを、花梨は驚いて見つめた。

『当てない強さか。
 ふふん、本当に強さを見につけたようじゃの』

「……この木はお前の強さを認めている。
 力を持っても、それを相手にぶつけない事もまた強さなのか」
「かつてこの木を打っていた時、私は京へ来たばかりの頃でした。
 自分の未熟さで大切な人を失い、自分の非力さに泣き、
 鍛錬を積んでいるつもりでこの木を打ちました。
 ……本来ならば自分自身の甘えこそ打たれなければならなかったのに、
 その術を知らず私はこの木を打ったのです。
 ……その歪みは私の無知と弱さの証。
 そんなものを幹に残してしまったこの木には申し訳なく思います」

 俯いた頼忠に、さわさわと木は枝を鳴らしている。

「……なんだと。……ふん」
「どうしたの?
 泰継さん。その木が頼忠さんに伝えたいことあるんだよね?」
「神子」
「伝えてあげないの?」
「神子が言うのならば……仕方ない。
 頼忠。その身に着けた力で大切なものを守り通せとこの木は言っている」
「!!」

 さっと頬を赤らめ、俯いた頼忠を花梨は不思議そうに眺めた。

「どうしたんですか?」
「いえ、神子。
 私はその励ましに、誓わなくてはなりません。
 今度こそ……を守り抜くと」
「えっ!?」
「そろそろ戻らなくては。御前失礼致します」

 慌てて走り去っていく頼忠を呆然と花梨は見つめた。

「私もお前を守りたいと思っている。出来れば誰よりも近くにいたい。
 人では無い私の力はお前の為にあるのだと思っていたい。
 神子、お前は……頼忠に守られていたいのか?」
「ええっ、えっと、……うーん。
 わたしは、そうだな。
 守られているだけじゃなくって、皆を。
 八葉だけじゃなくて、京だけでもない皆を守れたらって思いますよ?」
「……そうか」

 この言葉にならない想いをうまく伝える術を今の自分は持たない。
 でも今こうして一緒にいられる時間が幸せだということだけでも伝えられたらいいのに。

「そういえば、神子はどうして今日ここに来たいと思ったのだ?」
「クリスマスツリーは無理だから、連理の賢木を見たかったの。
 やっぱり素敵だなあ。
 あと柊と南天の実が欲しいんだけど、何処かにないかなあ」
「どうしてだ?」
「ちょっと飾りでも作ろうかなって。
 わたしがもといた場所でそういう習慣があるからやってみたいんだ」
「南天と、柊か。わかった。
 尋ねてみればすぐに所在はわかるだろう。少し待っていろ」
「ありがとう。泰継さん」
「礼には及ばない」

 その笑顔を今自分に向けていてくれていることが、
 どれほど自分を幸福にしているのか。
 こうして絡み合う連理の賢木のように、花梨と自分の未来が絡み合い、
 離れなくなったらいいのに。
 そう願った泰継を、ふっと連理の賢木は笑うように枝を鳴らした。


12.まもりたいもの

遙かなる時空の中で2 源頼忠&安倍泰継